赤とんぼ
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    10月10日

     

    朝の9時半頃、畑の棒にトンボが留まっています。

     

     

    見ると何匹かいます。

     

     

    赤とんぼですね。

     

     

     

    赤とんぼ

     

    赤とんぼ(あかとんぼ)は、体色の赤いトンボの総称。

    「赤卒」(せきそつ)ということもある。

     

    概要

    通常はトンボ科アカネ属(Sympetrum属)に属するトンボを総称して呼ぶが、狭義には秋に平地に群を成して出現するアキアカネ(Sympetrum frequens)のみを指すことがある。

    ただし、専門知識なしにアキアカネと他のアカネ属のトンボを区別するのは難しい。

    また、アカネ属であっても体色の赤くないナニワトンボやマダラナニワトンボを含まない場合もあったり、またトンボ科アカネ属以外の体色の赤いトンボ(ハッチョウトンボ、ショウジョウトンボ、ベニイトトンボ等)を含む場合もある。

    色は赤でなく黄色であるにもかかわらず、夏の終わりごろから群を成して出現するウスバキトンボが赤とんぼと呼ばれることも多い。

    アキアカネの赤い体色は気温と関係があり、体温調節昆虫と呼ばれる場合がある。

    通常アキアカネのメスはオスに比べて赤色が淡いが、寒冷地では雌の赤い比率が高くなる。

    アキアカネの特徴の一つとして止まり方が他のトンボが翅を水平のまま、若しくは垂直に閉じるの対して、アキアカネは翅を体の下に徐々に下げて休むことが挙げられる。

     

    アカネ属(アカトンボ属)

         タイリクアカネのオス

     

     

         マユタテアカネのメス

     

     

    世界でおよそ50種が記載されており、日本では21種類が記録されている。

    • アキアカネ S. frequens
    • タイリクアキアカネ S. depressiusculum
    • タイリクアカネ S. striolatum imitoides
    • ナツアカネ S. darwinianum
    • スナアカネ S. fonscolombii
    • エゾアカネ S. flaveolum flaveolum
    • マユタテアカネ S. eroticum eroticum
    • マイコアカネ S. kunckeli
    • ヒメアカネ S. parvulum
    • オナガアカネ S. cordulegaster
    • ミヤマアカネ S. pedemontanum elatum
    • ノシメトンボ S. infuscatum
    • コノシメトンボ S. baccha matutinum
    • リスアカネ S. risi risi
    • ヒメリスアカネ S. risi yosico
    • ムツアカネ S. danae
    • ナニワトンボ S. gracile
    • マダラナニワトンボ S. maculatum
    • キトンボ S. croceolum
    • オオキトンボ S. uniforme
    • ネキトンボ S. speciosum speciosum

     

     

              ナツアカネ

     

            タイリクアキアカネ

     

              スナアカネ

     

             マユタテアカネ

     

              リスアカネ

     

              ムツアカネ

     

              ナニワトンボ

     

               キトンボ

                        (Wikipediaより)

     

     

     

    赤とんぼ (童謡)

     

    赤とんぼ」(赤蜻蛉、あかとんぼ)は、三木露風の作詞、山田耕筰の作曲による、日本の代表的な童謡の一つである。

    夕暮れ時に赤とんぼを見て、昔を懐かしくを思い出すという、郷愁にあふれた歌詞である。

    平成19年(2007)に日本の歌百選の1曲に選ばれた。

     

    概説

    三木が大正10年(1921)に、故郷である兵庫県揖保郡龍野町(現在のたつの市)で過ごした子供の頃の郷愁から作ったといわれ、同年8月に『樫の木』に最初に発表した。

    その後、12月に童謡集『真珠島』で一部修正する。

    この詩に、昭和2年(1927)、山田が曲をつけた。

    たつの市の童謡の小径に記念碑がある。

    また埼玉県久喜市の久喜青葉団地内に所在する童謡の小道に歌碑が置かれている。

    昭和30年(1955)2月に封切られた映画『ここに泉あり』の挿入歌として用いられ(美しい日本の子どものうた、ドレミ楽譜出版社より)、昭和36年(1961)に封切られた映画『夕やけ小やけの赤とんぼ』の挿入歌としても用いられ、いずれも、作曲者の山田耕筰が特別出演している。

    昭和40年(1965)10月にはNHKの『みんなのうた』でも紹介された。

    編曲は荒谷俊治、歌は東京放送児童合唱団、映像は谷内六郎製作による静止画像。

    2016年現在みんなのうた発掘プロジェクトにより音声のみ発掘されている。

    1982年(昭和57年)に俳優・お笑いタレントの斎藤清六がこの曲を吹き込み、アルバム『なんなんなんだ!?』に収録した。

     

     

    歌詞

    赤とんぼ
    夕焼、小焼の、
    あかとんぼ、
    負われて見たのは、
    いつの日か。
    山の畑の、
    桑の実を、
    小籠(こかご)に、つんだは、
    まぼろしか。
    十五で、姐(ねえ)やは、
    嫁にゆき、
    お里の、たよりも、
    たえはてた。
    夕やけ、小やけの、
    赤とんぼ。
    とまっているよ、
    竿の先。

     

    「姐や」は自分の姉ではなく、この家で子守奉公していた女中のことである。

    「お里のたより」は、女中の故郷からこの家に送られてくる便り、または、故郷に帰った女中からの便りと解釈されるが、女中を介して実母から届く便りなどといった説もある。

     

    旋律

    {
  ¥set Staff.midiInstrument = #"voice oohs" ¥key es ¥major ¥time 3/4 ¥relative bes {
  bes8 es es4. f8 | g bes es( c) bes4 | c8 es, es4 f | g2 r4 |¥break
  g8 c bes4. c8 | es c bes( c) bes( g) | bes g es( g) f( es) | es2 r4 ¥bar "|."
  }
  ¥addlyrics {
  ゆ う や け こ や け の あ か と ん ぼ お わ れ て み た の は い つ の ひ か
  }
  }


    旋律はヨナ抜きの5音音階である。

    昭和3年に出版された『山田耕作童謡百曲集. 2』には、5線譜(ヘ長調。フラット1つ)と度数譜による旋律のみで、伴奏は書かれてない。

     

    なお、この曲の前半は、シューマンの『序奏と協奏的アレグロ ニ短調 op.134』

    (Concert - Allegro with Introduction for Pianoforte and Orchestra Op. 134)

    の中で18回繰り返されるフレーズに酷似していることが指摘されている。

    また、「赤とんぼ」のメロディーは当時のアクセント(「あ」が高くなる頭高型アクセント)を反映している。

                        (Wikipediaより)

     

     

     

    【試聴】赤とんぼ  由紀さおり 安田祥子 歌詞付き 童謡

     

     

     

    歌詞:『赤とんぼ』

    夕焼小焼の 赤とんぼ
    負われて見たのは いつの日か

    山の畑の 桑の実を
    小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか

    十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
    お里のたよりも 絶えはてた

    夕焼小焼の 赤とんぼ
    とまっているよ 竿の先

     

     

     

    歌詞の意味

    『赤とんぼ』の歌詞は、作詞者・三木露風の故郷である兵庫県揖保郡龍野町(現:たつの市)で過ごした幼少期の情景に基づいている。

    三木露風が5歳の時に両親が離婚。母親とは生き別れとなり、祖父の元で子守り奉公の女中(姐や)に面倒を見てもらっていた。

    女中の姐や(お姉さん)に背負われて「夕焼小焼の 赤とんぼ」を見た幼い頃。その姐やもやがてお嫁に行き、姐やからの手紙(便り)も送られてこなくなってしまった。

    歌詞の大意はこんなところだが、「お里のたより」については、誰から誰への手紙なのかについては解釈の余地がある。

    姐やの故郷から姐やへの手紙なのか、お嫁にいった姐やから三木露風への手紙なのか、母親から三木露風への手紙なのか、様々に考えられる。

    聴く人それぞれの解釈の余地を残しておいた方が作品に奥行き・厚みが出るので、これはこのまま結論を出さずにおいておくのが良いだろう。

                        (世界の民謡・童謡より)

     

     

     

    赤とんぼの深い意味

     

    「赤とんぼ」の作詞は三木露風ですが(大正10年に発表・作曲は山田耕作)、詞の内容は露風自身の幼少時代の思い出を正直に書いたものと思われます。
    露風は5歳の時両親が離婚することになり、以降母親とは生き別れで祖父に養育されることになったのですが、実際は子守り奉公の姐やに面倒を見てもらい、そのときの印象を歌にしたものです。

    だから詞の第一節の「おわれてみたのは」を漢字で書けば「追われてみたのは」ではなく、「負われて見たのは」であり、姐やの背中におんぶされて肩越しに見た夕焼け という意味です。

    姐やといっても15歳で嫁に行ったのですから、当時の農家は赤貧のため口べらしもあっての子守り奉公で、しばらくして嫁いでいったわけですが、嫁入り先の農業労働力としての意味もあり、その後の姐やも働きづめの一生を送ったのでしょうね。

    また、「お里の便りも絶えはてた」の意味は、姐やが嫁に行ってからは彼女の便りがなくなった と解釈する人もいますが、私の推薦する解釈では、お母さんは離婚し実家に出戻っているのですが、実のお母さんが実家の近くの娘を子守り奉公に出すように図ることにより、彼は姐やからお母さんの便りを聞くことが出来たのですが、姐やも嫁に行くことになって、もうお母さんの消息も聞くことが出来なくなったという意味だと思います。

    第一節の「夕焼け小焼け」は幼少時代の思い出で、最後第四節の「夕焼け小焼け」は、あれから幾年月を経た今見る風景であり、実に時空を越えた詞の内容なのです。

    この詞の中に三つの叙情が一つの思いに重なりあっています。

    ひとつは、真っ赤な夕焼けと赤とんぼの、美しくそして鮮烈な情景、忘れえぬ情景。
    ふたつは、姐やの背中に感じる体温の暖かさと、姐やへのほのかな恋慕の情。
    そしてみっつは、もう会うことが出来ない、母への強く切ない未練の心。

    この短い詞の中に万感の思いが込められていたわけで、だからこそ時代を超えて私たち日本人の心を揺さぶる理由がそこにあったのですねえ。

              (blog童謡「赤とんぼ」にこんな深い意味があったのだ!より)

     

     

    posted by: 1513neoya | 自然の事物・現象 | 03:38 | comments(0) | - |