秩父夜祭 山車一覧
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    国の重要有形民俗文化財指定の山車一覧

    秩父地方の山車は大きく笠鉾(かさぼこ)・屋台(やたい)という2つの形式に分類される。

    笠鉾は祇園祭の山鉾のような鉾(標木)に榊や天道・石台・万灯・多層(1〜3層)の花笠をつけているのがほかの地方の山車との大きな違いである。
    中近・下郷とも屋台笠鉾という形式で屋台同様の屋形の上に笠鉾を取り付けているが、曳行する際の電線の都合で現在では屋形のみで引かれている。

    屋台は、古くから屋形をもち張り出し舞台を取り付けられ屋台歌舞伎を上演する目的のものと、笠鉾が近代に電線などの都合上で屋台に改造されたものに分類される。
    秩父夜祭での屋台はすべて屋台歌舞伎(古くは屋台狂言および屋台歌舞伎)を上演する目的で水引幕・後幕を持ち、張り出し舞台を取り付けることが出来る。

     

     

     

     

     

     

     

     

    以下の一覧は神幸祭の順である。

     

    中近笠鉾(なかちかかさぼこ)

    中村町・近戸町の2町会が管理する笠鉾。
    御神幸祭の際に最初に曳行する(そのため、山車を引く際の運行組織は一番組の名称がつけられている)。
    秩父夜祭の中では一番古い歴史をもつ山車で、初代は屋台・2代目は笠鉾であった。
    現在の屋台笠鉾形式ものは3代目である。

     

     


    下郷笠鉾(したごうかさぼこ)

    下郷地区(金室町、永田町、柳田町、阿保町、大畑町、滝の上町)の6町会が所有する山車。
    以前は桜木町も含み下郷七村といわれた。
    鉾をつけると高さ約16メートルになり関東地区では最大の山車である。
    現在のものは電線の高架によって屋形をつけたもので3代目の笠鉾である。
    屋形をつける際に笠鉾の部品も散逸してしまい笠鉾の部分も含めほぼ新造建築に近い。
    白木作りの屋形が特徴であるが、本来は朱塗りの屋形になるはずであった。
    天道・波形石台・万灯に3層の花笠をもち総重量は20トンともいわれている、他の山車とくらべて漆塗りや彩色をしていないが、二段屋根等で組木が多い。

     

     


    宮地屋台(みやじやたい)

    宮地地区(上宮地・中宮地・下宮地)の屋台。
    この地域は秩父神社に習合される前の妙見宮があったところとされ(現在は妙見塚)でそのために宮地(みやじ)と呼ばれる。
    秩父夜祭の屋台の中では最古の歴史をもち、かつ登り高欄がないなど最も古い原型をしている。
    御神幸祭の際には3番目に曳行される山車でそのため他町会の屋台と違い曳踊りでは必ず三番叟が上演される。
    妙見七ツ井戸の伝説に従い、屋台倉から3日の神社への宮入までに七回曳踊りを行う風習があるなど妙見菩薩に最も縁が深い山車である。

     


    上町屋台(かみまちやたい)

    4台の屋台の中で、一番大きな屋根を持つ。
    後ろ幕は、鯉の滝登り。運行組織は「い組」と呼ばれ屋台町会の中での屋台のすれ違いは見ものである。

     


    中町屋台(なかまちやたい)

    4台の屋台の中で最も大きな屋台。
    屋根の鬼板(彫り物)は大きく美しい。
    下方(運行組織)は中町屋台保存会青年部が運行している。
    6町会の中で唯一、恵比寿の幕、鯛の幕の2枚の後幕を持ち、

    12月2日、3日と違う後幕を見ることができるのもこの町会の特徴である。

     


    本町屋台(もとまちやたい)

    本町地区の所有する屋台。
    後幕が子供の玩具でその中にあるだるまが特徴的であり 運行組織は達磨会と呼ばれる。
    明治・大正時代までは二重勾欄をもつ屋台であったが転倒事故後今の勾欄になる。

     

     


    山車の曳行に関わる人々

    囃子手(はやして)

    山車の最前部に乗り、扇子片手に「ホーリャイ」と連呼して曳き手を囃し立てる。
    お祭り期間中は神として扱われる、 中国の思想で不老不死の仙人の住む海に浮かぶ蓬莱山を目指すための「ホーライ」が変化したものと伝えられる。
    町会によっては囃子(はやしこ)襦袢着(じゅばんぎ) 舵取り(かじとり)とも呼ばれる

     

    曳き手

    山車から出た綱を引く。
    各町会の山車は、100人を超す曳き手で曳かれる

     

    拍子木

    拍子木を打ち鳴らし、屋台や笠鉾を先導する

    反り木

    山車の土台前方にぴったりとついて山車の方向調整を行う

     

     

    下方

    山車の土台周りについて山車の方向調整を行う。
    山車の方向転換時には梃子棒を操り、山車を回転させる

    上方

    大工が担当し、山車の屋根に乗り、進行方向の指示、障害物の除去等を行っている

     

    棟梁

    山車の組み立ての総責任者で、山車の設計図が頭に入っている

    太鼓

    後ろ幕の中で秩父屋台囃子を演奏する

     

     

    ローソク係

    提灯雪洞のローソクの管理を行う

     

    消防団

    山車周りの警備を行う

     


    秩父屋台囃子

    屋台・笠鉾の曳行時に演奏される秩父屋台囃子は、通常、大太鼓1、小太鼓3〜4、鉦1、笛1で構成される。

    笠鉾の場合、床下に大太鼓が吊り込まれ、その後方に小太鼓が縦1列に並べられる。
    一方、屋台では、舞台後方の楽屋内に太鼓が設置される。
    屋台囃子の演奏のために山車に20人前後が乗り込んで、交代で演奏を行っている。

    笠鉾・屋台が前進しているときは、大太鼓が打ち鳴らされ、笠鉾・屋台の方向転換 (ギリ廻し)のときには、小太鼓のみで「玉入れ」という特殊な演奏を行う。
    山車が団子坂を引き上げられる際には大太鼓が「大波」という連打を行う。

    秩父屋台囃子の演奏は、笠鉾では床下の腰幕に囲まれた部屋の中で、屋台では舞台後方の襖と後幕で囲まれた部屋の中で行われているため、直接見ることはできない。

    屋台歌舞伎

    秩父夜祭で演じられる歌舞伎は、江戸歌舞伎であり、宮地、本町、上町は、秩父歌舞伎正和会が担当し、中町は、津谷木歌舞伎が担当している。
    昔は屋台4台で競って演じていたが、今では年ごとの当番制になっている。

    曳行時に踊られる曳き踊りおよび屋台本体の左右に張出舞台(付け舞台)を加え、芸座・仮芸座や花道などが設けられ演じられる屋台歌舞伎は大変貴重である。

     

     

     

    秩父神社神楽

    秩父神社に伝わる神楽は「神代神楽」とも呼ばれ、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
    かつては75座から成り立っていたが35座に纏められ、演劇的な表現の多いのが特長で、江戸神楽と異なる構成と芸統を示すものである。

     

    秩父夜祭花火大会

    日本では数少ない冬の花火大会として全国的に知られている。
    艶やかな山車と上空で炸裂する花火との取り合わせは、ひときわ華やいだものとなる。
    秩父夜祭の花火は1906年(明治39年)から始まり、1948年(昭和23年)から羊山公園に打ち上げ会場が変更された。
    2001年の祭から従来の仕掛花火を廃止し、花火大会のプログラム構成が大きく変更され現在に至る。
    煙火町会による奉納花火と、観光協会主催の花火が打ち上げられる。
    近年、秩父夜祭の花火は豪華さを増し、尺玉の打ち上げや日本煙火芸術協会に所属する精鋭の花火師による日本芸術花火大会が開催されている。


    御旅所

    秩父公園にある御旅所は、秩父神社大祭の神幸祭が行われる祭の中で最も重要な場所であり、国の重要有形民俗文化財に指定されている6基の笠鉾・屋台が曳き揃えられる。
    御旅所の入り口には急勾配の団子坂がある。

    御旅所には、亀の子石と呼ばれている妙見菩薩を表す石が置かれており、ここで秩父神社の妙見菩薩(女神)と武甲山に住む龍神(男神)が年に一度、12月3日に逢い引きをすると言われている。
    祭り前には、秩父公園内に桟敷席が設置される。

     

     

     

     


    ユネスコ無形文化遺産登録への経過

    2008年11月 - ユネスコ無形文化遺産登録を目指し秩父市が準備を開始


    2009年 5月 - 「秩父祭の屋台行事と神楽」が日本の提案候補に決定
    8月 - 日本政府より、秩父祭の映像資料がユネスコ事務局へ提出

    2010年 5月 - ユネスコ事務局の事務処理能力を理由に事前審査されず
    11月 - 第5回政府間委員会(ケニア・ナイロビ)で、秩父祭を含めた11件が見合わされた

    2011年10月 - 第6回政府間委員会(インドネシア・バリ)に、2009年8月にユネスコに提案した11件のうち2件について登録するように補助機関よりユネスコに勧告、その中に秩父祭は含まれず
    2014年 3月 - 既に登録されている「京都祇園祭の山鉾行事」・「日立風流物」を拡張し、重要無形民俗文化財の「山・鉾・屋台行事」としてグループ化(32件)してユネスコ事務局に提案書を提出
    6月 - 登録件数の多い日本の「山・鉾・屋台行事」の審査が1年先送りとなる

    2015年3月 - 日本政府よりユネスコ事務局へ「山・鉾・屋台行事」の提案書を再提出。2015年提案の32件に、新たに指定となった大垣祭を加え33件で提出
    2016年 11月 - ユネスコ評価機関による審査にて秩父祭含む日本の「山・鉾・屋台行事」の登録勧告が決まる
    12月1日2時(日本時間) - エチオピアで開かれてたユネスコの政府間委員会で、日本の「山・鉾・屋台行事」(18府県の計33件)のユネスコ無形文化遺産への登録が正式に決定した。これにより、「秩父祭の屋台行事と神楽」がユネスコ無形文化遺産へ登録された。


    その他

    圧死事故

    1947年12月3日、祭の終了後に見物に来ていた群衆が御花畑駅方面に殺到、6人が圧死する惨事となった。
    これを機に、警察の雑踏警備が厳重になり、大きな事故は起こっていない。

    開催日程変更問題

    秩父夜祭の人出は開催曜日によって大きな差があり、週末に当たると20万人を超す人出となる。
    このため、経済効果を念頭に置いて、週末開催を求める声が出ていた。
    祭りに参加する市民も仕事を休んで祭りに参加すること も難しくなってきている。
    そのため、2004年に秩父夜祭の日程を週末に変更する委員会の設置が検討されたが、秩父神社側が、「神事と切り離せないものであり、別の日に譲ることはできない」と反対し、実現することなく終わった。

    雨による影響

    過去に複数回、12月3日に雨または雪が降った年があり、文化財保護と安全性の観点から行事の一部が変更になった。
    1998年には、雨により全ての山車の団子坂曳上げが中止となり、2009年には、雨により笠鉾2基の団子坂曳上げが中止となった。

    秩父神社神輿

    武蔵国では、大國魂神社(東京都府中市)に国内の著名な六社の神が勧請され(秩父神社は四之宮)、武蔵総社六所宮と呼ばれた。
    この大國魂神社の例大祭「くらやみ祭」は、秩父夜祭と同様、夜間に御旅所に渡御する形態をとっている(なお、一之宮から六之宮の神輿を含む8基の神輿が渡御しており、秩父神社の神も四之宮の神輿で御旅所へ向かっている)。

                        (Wikipediaより)

                        (写真撮影neoya)

     

    追記

    この時(平成22年12月3日)は、運良く秩父鉄道のSL列車に乗れました。

     

     

    秩父鉄道のホームに降りますと、SL列車運転が目に入り引き返して切符を買いました。

     

     

     

     

     

     

    残念なことにもう指定席はありませんでした。

     

     

     

     

     

     

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    posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:27 | comments(0) | - |