足慣らしで高崎線沿いを歩く。 その2
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    平成22年3月14日

     

    二ツ家(ふたつや)

    古くは「ふたつえ」といわれたようです。

     

     

    中山道北本宿

     

     

    「中山道と本宿」

    今日の北本のもととなる街並みがつくられたのは、江戸時代

    の初期に本宿村が中山道の宿駅として整えられたのが始まり

    です。現在の本宿付近は、そのころ本鴻巣村と呼ばれていま

    した。その宿駅も中山道が整備された頃には、現在の鴻巣の

    地に移されました。宿場のあったところは、その後、本宿

    (元宿)村と呼ばれ、これが北本の地名の起こりともなって

    います。街道沿いに旅館や店はありませんでしたが、本宿村

    の下茶屋と東間村の三軒茶屋の二ヶ所には立場がおかれてい

    ました。人や馬はそこで喉の渇きや旅の疲れをいやし、次の

    宿場へと向かいました。

     

     

    現在地辺りは字本宿下茶屋でしょうか。

     

     

    14時48分 北本駅

    そろそろ歩き始めて5時間になります。

     

     

    鳥居があります。

     

     

    一段と高い処に社があります。

     

     

     東間淺間神社の由来

      鎮座地 埼玉縣北本市東間一丁目六番地

      御祭神 木花開耶姫命

        御 神 徳

     当社御祭神木花開耶姫命は大山祇命の御女に

    して天孫瓊瓊杵命の妃として皇室の始祖大御母と

    仰ぎ奉る大神なり今日の日本の基礎を築き給ひし

    功徳は日本女性の範と敬仰し奉らる

     古来 山火鎮護 農蚕の守護神 又婚姻子授

    安産の霊徳神なり初山に詣でる赤子は額に神宝の朱印

    を戴き無病息災を祈願し出世を願ふに崇敬極めてあつし

     

    posted by: 1513neoya | 歩きお遍路 | 03:37 | comments(0) | - |