明治神宮御苑 霓裳羽衣 紫衣の雪 新宇宙
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    引き続き明治神宮御苑で撮した花菖蒲を載せていきます。

    解説に加茂花菖蒲園花菖蒲データベース等を添えています。

     

     

    6月13日

     

     

     

     

     

     

     

    霓裳羽衣

     

     

    霓裳羽衣   げいしょううい   GEISHOUI

     

    江戸系   晩生   濃紅地に白筋の入る六英から八重咲き。

    花径は14cm前後の中輪。

    草丈はやや低く60cm前後。

    性質は「宇宙」ほど弱くはないが、丈夫な品種とはいえない。

    江戸花菖蒲の古花で、「宇宙」と同じく松平菖翁が作出した「菖翁花」と呼ばれる品種の一つ。

    江戸末期の弘化3年(1846)には作出されていた。

    菖翁が作出した品種の中でも「宇宙」同様トップクラスの名花だったようで、菖翁はこの花形を「牡丹咲き」と呼んだ。

    当時の一般的な花に比べればまさに未曾有の珍花で、これら菖翁の花を見るために花時には大勢の人々が菖翁邸におしかけ、門前市まで開かれた。

    江戸時代の日本の園芸のレベルの高さが実感できる逸品。

    花菖蒲は江戸時代、端午の節句の祭りの花としての性格を持っていた。

    堀切では、さまざまな切花を江戸向けに生産出荷していたが、花菖蒲も端午の節句の祭りの花として生産しており、それが花菖蒲園に発展していったのが、堀切の花菖蒲園である。

    しかし菖翁は、節句の祭りの花という花菖蒲の性格を追求せず、たとえ節句には間に合わなくても、花そのものの美を追求し、花菖蒲を純粋な芸術にまで高めた。

    また「花菖培養録」などの著作を書き表すことで文化性を持たせ、その業績を熊本に伝えることで、熊本花菖蒲(肥後系)の始祖ともなり、彼自身の思想を後世に残した。

    それが菖翁が花菖蒲中興の祖と呼ばれる所以である。

    菖翁昔語り  
    嘉永年間頃(1850年頃)、アメリカ、イギリスなど各国軍が続々と渡来する非常事態が起こり、菖翁の家でも本家、松平家のため軍資金の徴発に応じ、家財家宝ともに花菖蒲まで手放さざるを得なくなった。

    一説には菖翁長男の出陣の軍用品調達のためであったという。

    花菖蒲の大部分は、堀切の小高園などに渡り、水栽された。

    菖翁78歳頃の話。(肥後六花考 熊本上妻文庫より)

                  (加茂花菖蒲園花菖蒲データベースより)  

     

     

     

     

     

     

    紫衣の雪

     

     

    月の玉川   つきのたまがわ   TSUKI NO TAMAGAWA

    江戸系   中生   白地に紺紫の覆輪の入る三英花。

    花径はおよそ14cm程度の小輪。
    草丈は60cm程度の小型種。

    性質、繁殖は普通。

    江戸花菖蒲の古花の一つ。

    「紫衣の雪」の別名があり、「明治神御苑花菖蒲図譜」ではこちらの名前で紹介されている。

    この写真は、日本花菖蒲協会の村井醇氏が撮影されたもの。

                  (加茂花菖蒲園花菖蒲データベースより) 

     

     

     

     

     

     

    新宇宙

     

     

    新宇宙   しんうちゅう   SHIN UCHIU

    江戸系   中生   薄紫に白筋底白ぼかしの八重咲き。

    花径はおよそ13cm程度の中輪。
    草丈は60cm程度。

    性質、繁殖は普通。

    戦前の作とのことだが作者等は不明である。

    「宇 宙」と同じ浅黄系の八重だが、遺伝的な繋がりは無さそうな感じである。

    花弁の質も宇宙のような縮緬地ではない。

    宇宙より丈夫だが、どうも品が感じられない花で、昔からよく知られた品種だが、宇宙以上に良い花というわけではない。

                   (加茂花菖蒲園花菖蒲データベースより)

     

    posted by: 1513neoya | 植物 | 03:02 | comments(0) | - |