秩父夜祭 山車一覧
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    国の重要有形民俗文化財指定の山車一覧

    秩父地方の山車は大きく笠鉾(かさぼこ)・屋台(やたい)という2つの形式に分類される。

    笠鉾は祇園祭の山鉾のような鉾(標木)に榊や天道・石台・万灯・多層(1〜3層)の花笠をつけているのがほかの地方の山車との大きな違いである。
    中近・下郷とも屋台笠鉾という形式で屋台同様の屋形の上に笠鉾を取り付けているが、曳行する際の電線の都合で現在では屋形のみで引かれている。

    屋台は、古くから屋形をもち張り出し舞台を取り付けられ屋台歌舞伎を上演する目的のものと、笠鉾が近代に電線などの都合上で屋台に改造されたものに分類される。
    秩父夜祭での屋台はすべて屋台歌舞伎(古くは屋台狂言および屋台歌舞伎)を上演する目的で水引幕・後幕を持ち、張り出し舞台を取り付けることが出来る。

     

     

     

     

     

     

     

     

    以下の一覧は神幸祭の順である。

     

    中近笠鉾(なかちかかさぼこ)

    中村町・近戸町の2町会が管理する笠鉾。
    御神幸祭の際に最初に曳行する(そのため、山車を引く際の運行組織は一番組の名称がつけられている)。
    秩父夜祭の中では一番古い歴史をもつ山車で、初代は屋台・2代目は笠鉾であった。
    現在の屋台笠鉾形式ものは3代目である。

     

     


    下郷笠鉾(したごうかさぼこ)

    下郷地区(金室町、永田町、柳田町、阿保町、大畑町、滝の上町)の6町会が所有する山車。
    以前は桜木町も含み下郷七村といわれた。
    鉾をつけると高さ約16メートルになり関東地区では最大の山車である。
    現在のものは電線の高架によって屋形をつけたもので3代目の笠鉾である。
    屋形をつける際に笠鉾の部品も散逸してしまい笠鉾の部分も含めほぼ新造建築に近い。
    白木作りの屋形が特徴であるが、本来は朱塗りの屋形になるはずであった。
    天道・波形石台・万灯に3層の花笠をもち総重量は20トンともいわれている、他の山車とくらべて漆塗りや彩色をしていないが、二段屋根等で組木が多い。

     

     


    宮地屋台(みやじやたい)

    宮地地区(上宮地・中宮地・下宮地)の屋台。
    この地域は秩父神社に習合される前の妙見宮があったところとされ(現在は妙見塚)でそのために宮地(みやじ)と呼ばれる。
    秩父夜祭の屋台の中では最古の歴史をもち、かつ登り高欄がないなど最も古い原型をしている。
    御神幸祭の際には3番目に曳行される山車でそのため他町会の屋台と違い曳踊りでは必ず三番叟が上演される。
    妙見七ツ井戸の伝説に従い、屋台倉から3日の神社への宮入までに七回曳踊りを行う風習があるなど妙見菩薩に最も縁が深い山車である。

     


    上町屋台(かみまちやたい)

    4台の屋台の中で、一番大きな屋根を持つ。
    後ろ幕は、鯉の滝登り。運行組織は「い組」と呼ばれ屋台町会の中での屋台のすれ違いは見ものである。

     


    中町屋台(なかまちやたい)

    4台の屋台の中で最も大きな屋台。
    屋根の鬼板(彫り物)は大きく美しい。
    下方(運行組織)は中町屋台保存会青年部が運行している。
    6町会の中で唯一、恵比寿の幕、鯛の幕の2枚の後幕を持ち、

    12月2日、3日と違う後幕を見ることができるのもこの町会の特徴である。

     


    本町屋台(もとまちやたい)

    本町地区の所有する屋台。
    後幕が子供の玩具でその中にあるだるまが特徴的であり 運行組織は達磨会と呼ばれる。
    明治・大正時代までは二重勾欄をもつ屋台であったが転倒事故後今の勾欄になる。

     

     


    山車の曳行に関わる人々

    囃子手(はやして)

    山車の最前部に乗り、扇子片手に「ホーリャイ」と連呼して曳き手を囃し立てる。
    お祭り期間中は神として扱われる、 中国の思想で不老不死の仙人の住む海に浮かぶ蓬莱山を目指すための「ホーライ」が変化したものと伝えられる。
    町会によっては囃子(はやしこ)襦袢着(じゅばんぎ) 舵取り(かじとり)とも呼ばれる

     

    曳き手

    山車から出た綱を引く。
    各町会の山車は、100人を超す曳き手で曳かれる

     

    拍子木

    拍子木を打ち鳴らし、屋台や笠鉾を先導する

    反り木

    山車の土台前方にぴったりとついて山車の方向調整を行う

     

     

    下方

    山車の土台周りについて山車の方向調整を行う。
    山車の方向転換時には梃子棒を操り、山車を回転させる

    上方

    大工が担当し、山車の屋根に乗り、進行方向の指示、障害物の除去等を行っている

     

    棟梁

    山車の組み立ての総責任者で、山車の設計図が頭に入っている

    太鼓

    後ろ幕の中で秩父屋台囃子を演奏する

     

     

    ローソク係

    提灯雪洞のローソクの管理を行う

     

    消防団

    山車周りの警備を行う

     


    秩父屋台囃子

    屋台・笠鉾の曳行時に演奏される秩父屋台囃子は、通常、大太鼓1、小太鼓3〜4、鉦1、笛1で構成される。

    笠鉾の場合、床下に大太鼓が吊り込まれ、その後方に小太鼓が縦1列に並べられる。
    一方、屋台では、舞台後方の楽屋内に太鼓が設置される。
    屋台囃子の演奏のために山車に20人前後が乗り込んで、交代で演奏を行っている。

    笠鉾・屋台が前進しているときは、大太鼓が打ち鳴らされ、笠鉾・屋台の方向転換 (ギリ廻し)のときには、小太鼓のみで「玉入れ」という特殊な演奏を行う。
    山車が団子坂を引き上げられる際には大太鼓が「大波」という連打を行う。

    秩父屋台囃子の演奏は、笠鉾では床下の腰幕に囲まれた部屋の中で、屋台では舞台後方の襖と後幕で囲まれた部屋の中で行われているため、直接見ることはできない。

    屋台歌舞伎

    秩父夜祭で演じられる歌舞伎は、江戸歌舞伎であり、宮地、本町、上町は、秩父歌舞伎正和会が担当し、中町は、津谷木歌舞伎が担当している。
    昔は屋台4台で競って演じていたが、今では年ごとの当番制になっている。

    曳行時に踊られる曳き踊りおよび屋台本体の左右に張出舞台(付け舞台)を加え、芸座・仮芸座や花道などが設けられ演じられる屋台歌舞伎は大変貴重である。

     

     

     

    秩父神社神楽

    秩父神社に伝わる神楽は「神代神楽」とも呼ばれ、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
    かつては75座から成り立っていたが35座に纏められ、演劇的な表現の多いのが特長で、江戸神楽と異なる構成と芸統を示すものである。

     

    秩父夜祭花火大会

    日本では数少ない冬の花火大会として全国的に知られている。
    艶やかな山車と上空で炸裂する花火との取り合わせは、ひときわ華やいだものとなる。
    秩父夜祭の花火は1906年(明治39年)から始まり、1948年(昭和23年)から羊山公園に打ち上げ会場が変更された。
    2001年の祭から従来の仕掛花火を廃止し、花火大会のプログラム構成が大きく変更され現在に至る。
    煙火町会による奉納花火と、観光協会主催の花火が打ち上げられる。
    近年、秩父夜祭の花火は豪華さを増し、尺玉の打ち上げや日本煙火芸術協会に所属する精鋭の花火師による日本芸術花火大会が開催されている。


    御旅所

    秩父公園にある御旅所は、秩父神社大祭の神幸祭が行われる祭の中で最も重要な場所であり、国の重要有形民俗文化財に指定されている6基の笠鉾・屋台が曳き揃えられる。
    御旅所の入り口には急勾配の団子坂がある。

    御旅所には、亀の子石と呼ばれている妙見菩薩を表す石が置かれており、ここで秩父神社の妙見菩薩(女神)と武甲山に住む龍神(男神)が年に一度、12月3日に逢い引きをすると言われている。
    祭り前には、秩父公園内に桟敷席が設置される。

     

     

     

     


    ユネスコ無形文化遺産登録への経過

    2008年11月 - ユネスコ無形文化遺産登録を目指し秩父市が準備を開始


    2009年 5月 - 「秩父祭の屋台行事と神楽」が日本の提案候補に決定
    8月 - 日本政府より、秩父祭の映像資料がユネスコ事務局へ提出

    2010年 5月 - ユネスコ事務局の事務処理能力を理由に事前審査されず
    11月 - 第5回政府間委員会(ケニア・ナイロビ)で、秩父祭を含めた11件が見合わされた

    2011年10月 - 第6回政府間委員会(インドネシア・バリ)に、2009年8月にユネスコに提案した11件のうち2件について登録するように補助機関よりユネスコに勧告、その中に秩父祭は含まれず
    2014年 3月 - 既に登録されている「京都祇園祭の山鉾行事」・「日立風流物」を拡張し、重要無形民俗文化財の「山・鉾・屋台行事」としてグループ化(32件)してユネスコ事務局に提案書を提出
    6月 - 登録件数の多い日本の「山・鉾・屋台行事」の審査が1年先送りとなる

    2015年3月 - 日本政府よりユネスコ事務局へ「山・鉾・屋台行事」の提案書を再提出。2015年提案の32件に、新たに指定となった大垣祭を加え33件で提出
    2016年 11月 - ユネスコ評価機関による審査にて秩父祭含む日本の「山・鉾・屋台行事」の登録勧告が決まる
    12月1日2時(日本時間) - エチオピアで開かれてたユネスコの政府間委員会で、日本の「山・鉾・屋台行事」(18府県の計33件)のユネスコ無形文化遺産への登録が正式に決定した。これにより、「秩父祭の屋台行事と神楽」がユネスコ無形文化遺産へ登録された。


    その他

    圧死事故

    1947年12月3日、祭の終了後に見物に来ていた群衆が御花畑駅方面に殺到、6人が圧死する惨事となった。
    これを機に、警察の雑踏警備が厳重になり、大きな事故は起こっていない。

    開催日程変更問題

    秩父夜祭の人出は開催曜日によって大きな差があり、週末に当たると20万人を超す人出となる。
    このため、経済効果を念頭に置いて、週末開催を求める声が出ていた。
    祭りに参加する市民も仕事を休んで祭りに参加すること も難しくなってきている。
    そのため、2004年に秩父夜祭の日程を週末に変更する委員会の設置が検討されたが、秩父神社側が、「神事と切り離せないものであり、別の日に譲ることはできない」と反対し、実現することなく終わった。

    雨による影響

    過去に複数回、12月3日に雨または雪が降った年があり、文化財保護と安全性の観点から行事の一部が変更になった。
    1998年には、雨により全ての山車の団子坂曳上げが中止となり、2009年には、雨により笠鉾2基の団子坂曳上げが中止となった。

    秩父神社神輿

    武蔵国では、大國魂神社(東京都府中市)に国内の著名な六社の神が勧請され(秩父神社は四之宮)、武蔵総社六所宮と呼ばれた。
    この大國魂神社の例大祭「くらやみ祭」は、秩父夜祭と同様、夜間に御旅所に渡御する形態をとっている(なお、一之宮から六之宮の神輿を含む8基の神輿が渡御しており、秩父神社の神も四之宮の神輿で御旅所へ向かっている)。

                        (Wikipediaより)

                        (写真撮影neoya)

     

    追記

    この時(平成22年12月3日)は、運良く秩父鉄道のSL列車に乗れました。

     

     

    秩父鉄道のホームに降りますと、SL列車運転が目に入り引き返して切符を買いました。

     

     

     

     

     

     

    残念なことにもう指定席はありませんでした。

     

     

     

     

     

     

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    posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:27 | comments(0) | - |
    秩父夜祭
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         平成26年12月3日 写真撮影neoya

       

      秩父夜祭

      秩父夜祭(ちちぶよまつり)は、ユネスコ無形文化遺産に登録されている埼玉県秩父市にある秩父神社の例祭であり、毎年12月1日から6日に行われる。
      12月2日が宵宮、12月3日が大祭であり、提灯で飾り付けられた山車(笠鉾・屋台)の曳き回しや、冬の花火大会で全国的に知られている。
      祭りは寛文年間から続くとされ、300年以上の歴史がある。
      日本屈指の極めて豪華な祭りであり、一連の行事が国の重要無形民俗文化財に指定されている。

      大祭の12月3日の午後6時半頃に、秩父神社から1キロメートルほど離れた御旅所に向けて御神幸行列が出発し、6台の笠鉾・屋台がそれに続く。
      御旅所下の急坂、団子坂を最大20トンの笠鉾・屋台が多くの曳き手によって曳き上げられる頃に祭りは最高潮を迎える。

      秩父夜祭は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで日本三大美祭及び日本三大曳山祭の一つに数えられる。

      秩父夜祭の笠鉾・屋台は、釘を一本も使わずに組み立てられる。
      金色の飾り具や極彩色の彫刻、後幕の金糸の刺繍で装飾された笠鉾・屋台は「動く陽明門」といわれるほど豪華絢爛で、国の重要有形民俗文化財に指定されている。

      同一の祭礼について国の重要有形民俗文化財および重要無形民俗文化財の両方に指定されているものは日本全国に5例しかなく、秩父夜祭はそのうちの一つであり、歴史的・文化的に非常に価値の高い祭りである。

      2016年12月1日、エチオピアで開かれたユネスコの政府間委員会で、日本の「山・鉾・屋台行事」(18府県の計33件)のユネスコ無形文化遺産への登録が決定した。
      これにより、「秩父祭の屋台行事と神楽」がユネスコ無形文化遺産へ正式に登録された。

       

      概要

      笠鉾・屋台は、1962年(昭和37年)に重要有形民俗文化財に指定されている。
      また、例大祭の付け祭りに公開される笠鉾や屋台の曳行(えいこう)と、曳行のための秩父屋台囃子(ちちぶやたいばやし)、屋台上の秩父歌舞伎や曳踊り等の一連の行事が、1979年(昭和54年)に「秩父祭の屋台行事と神楽」として重要無形民俗文化財に指定されている。

       

      2日は宵宮(宵祭り・宵まち)で、御神馬奉納の儀、神楽奉奏、屋台曳き回しなどがある。
      この日は笠鉾・屋台のうち屋台4台が運行され、秩父神社への宮参りや、夜にかけて本町・中町・上町通りの曳き回しが行われる。
      また、夜には「番場町諏訪渡り」神事のほか、3日に比べると規模が小さいものの花火の打ち上げも行われる。

       

      3日は大祭であり、日中に御神馬宮詣、神楽奉奏、例大祭祭典、笠鉾・屋台曳き回しなどがある。
      笠鉾・屋台は本町・中町・上町通りを曳き回される(夕方には一部の屋台が秩父駅前通りおよび秩父まつり会館前を経由して秩父神社に向かう)。
      また、笠鉾2台の秩父神社への宮参りも行われる。

       

      屋台4台のうち1台では「屋台芝居」が上演される。
      それぞれの屋台は、左右に張り出し舞台をつけられるように設計されており、年ごとの当番制で屋台芝居の舞台となる。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      3日夜は神幸祭となり、午後6時半頃に御神幸行列が秩父神社を出発する。
      先頭は、先導大麻、大榊、猿田彦、日月万燈、楽人、錦旗、御手箱、太刀箱の列である。
      次に氏子町会の供物・高張提灯の長い列が続く。
      その後ろに、御神饌、大幣、そして御霊が遷された神輿、宮司、大総代、2頭の神馬が続く。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       


      笠鉾・屋台行列は御神幸行列の後であり、秩父神社を午後7時頃から順次出発する。

      御旅所への到着は、御神幸行列が午後8時頃、笠鉾・屋台行列はその後、午後10時頃にかけてである。
      御旅所の手前に団子坂があり、笠鉾・屋台がそれぞれ一気に曳き上げられる。
      同時に、煙火町会による奉納花火や観光協会主催の花火の打ち上げも行われ、団子坂の曳き上げや御旅所に整列する頃が祭りの最高潮となる。

      笠鉾・屋台の整列が終わると御旅所斎場祭が厳かに行われる。
      斎場祭終了後、4日午前0時頃から団子坂の曳き下ろしが行われ、笠鉾・屋台は収蔵庫へ向けて帰還する。
      また御神幸行列が御旅所を出発し、秩父神社に還幸する。

      笠鉾・屋台の通過経路(神幸路)には、経路最大の見所である団子坂に通じている道路上に秩父鉄道秩父本線の踏切がある。


      これは、御花畑駅構内の三峰口方の踏切で、車窓から団子坂を臨むことができる。
      この踏切は、御神幸の神事を行うため笠鉾・屋台の通過の支障となる架線を一時的に取り外すことが可能な構造になっている。

       

       

       


      3日大祭の19時〜22時前後にかけて同線の秩父〜影森間は運休となり、例大祭当日は秩父鉄道秩父本線ならびに西武鉄道池袋線・西武秩父線では、ダイヤが大幅に変更され、列車も増発される。

       


      また、終了が深夜になるため、最終電車も大幅に繰り下げられる。
      笠鉾・屋台が曳き回される道にある道路標識や信号機は、すべて折りたためる構造となっている。


      由来

      祭りの起源

      秩父地方は、令制国が整備される前の時代、知知夫国(知々夫国・秩父国)が置かれた地域である。
      崇神天皇の時代に、知知夫彦命(ちちぶひこ の みこと)が初代知々夫国造に任じられている。
      秩父神社は、知知夫彦命が祖神である八意思兼命(やごころおもいかね の みこと)を祀ったことに始まるとされている。
      また、知知夫彦命は養蚕と機織りを教示したと伝えられる。

       

      令制国として武蔵国が成立した後も、708年(和銅元年)に武蔵国秩父郡から和銅が献上されたことを記念して「和銅」改元や「和同開珎」の鋳造が行われるなど、古くから朝廷と結びつきがあり、交易が行われていた地域である。

       

       

       

       

      秩父神社は中世になると、秩父氏(坂東八平氏の一つ)の祖先である平良文により妙見菩薩が合祀され、妙見宮秩父神社となったと伝えられる。
      江戸時代には秩父大宮妙見宮として、日本百観音の秩父三十四箇所(秩父札所観音霊場)とともに栄えた。

       秩父観音霊場 十三番札所 旗下山 慈眼寺

       

       秩父観音霊場 三十四番札所 日沢山 水潜寺

       日本百観音霊場結願所


      現在でも神幸祭(御神幸行列や御旅所斎場祭ほか)の祭礼の中などに、古くからの秩父神社例大祭の形態が残っているとされる。
      例大祭の「付け祭り」として笠鉾・屋台が曳かれ始めるようになったのは、約300年前の寛文年間の頃と伝えられている。

      かつて秩父夜祭は「霜月大祭」との呼び名があった。
      これは霜月である旧暦11月3日に行われていたことによる。
      明治初期の太陽暦採用により新暦の12月3日に移行した。
      また「お蚕祭り」とも呼ばれた。


      秩父地方は、桑の生育に適した土地であったため、田畑の他に現金収入となる養蚕・絹織が盛んであった。
      江戸時代には絹の生産量が増大し、「秩父絹」として江戸をはじめ広く知られるようになった。
      各地に取引のための絹市が開かれ、大宮郷(現在の秩父市中心部)では1・6の市日の六斎市が行われている。
      特に秩父神社の「霜月大祭」では「絹大市」も行われた。
      その市に遠方から来る人々を楽しませるためにはじめられたものが、笠鉾・屋台などの「付け祭り」だとされる。


      秩父神社の例祭に関する言い伝

      秩父神社の例祭は、知知夫国に知知夫彦が大神を祭ったとされる時代か、それ以前から神奈備山である武甲山への信仰として行われてきたものが起源ではないかと言われる。
      真夜中に神社と武甲山の間にある御旅所で神事を執り行うというのが最大の特徴である(斎場祭が行われるのは夜の10時以降であり、神幸行列が神社にもどると朝の4時をすぎる)。

      秩父神社は地理的に見ても神奈備山である武甲山からみて北面に位置し、秩父神社の本殿は再建前も現在も真北を向いているとされ北辰信仰の影響があるのは明白である。

       

       


      北辰信仰がいつごろから行われてきたのかは定かではないが、妙見菩薩習合以前からの信仰と指摘する人もいる。

      秩父夜祭は、御田植祭で秩父市中町の秩父今宮神社の境内にある武甲山から湧き出た水(水幣)を、その年の収穫を祝うと同時に武甲山に還す祭とも伝えられている。

      また、最も知れ渡っている有名な伝説は武甲山の男神(蛇神・蔵王権現)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が年に一度の逢瀬を楽しむというものである。

       

       


      男神には正妻がいて、神幸路の途中にある番場町諏訪神社の八坂刀売命であるとされる。
      2日に行われる「番場町諏訪渡り」は、年に1度の逢瀬を楽しむ許可を求める祭礼だといわれている。
      また、御神幸祭のときには諏訪神社の前を通過する際、各町会の山車は正妻の女神を怒らせないように例外的に屋台囃子の演奏を止め数メートルすすむ。
      この風習も諏訪渡りと呼ばれている。

      御神幸祭では御田植祭で使用した縄の蛇に大榊を立てたものを供物として運ぶ。
      御旅所では亀石(亀は妙見菩薩の乗り物)に神社の幣束を立て神事を行う。

       

       

       

      市指定史跡

        秩父神社大祭御旅所

       

       秩父神社大祭の神幸祭は、十二月

      三日この御旅所を中心に行われる。

      国の重要有形民俗文化財に指定され

      る秩父祭の笠鉾・屋台六基が曳き揃

      えられるのもこの御旅所前である。

       山車供奉の起源は詳らかでないが

      秩父神社の古記録によれば、神幸祭

      に供奉する屋台の記述は江戸寛文年

      間(一六六一年〜七三年)にあり、

      その頃と思われる。

       なお御旅所中央の亀の子石は、当

      日神幸の大幣がその背に立てられる

      神聖なもので江戸末期まで秩父神社

      が妙見宮と呼ばれていた時代の信仰

      に由来するものである。

       

       昭和二十九年十一月三日指定

             管理者 秩父神社

             秩父市教育委員会


      日程

      12月1日から6日の間に下記の行事が執り行われる。
      秩父夜祭は、御本殿清浄の儀から始まり、例大祭完遂奉告祭で終わる
      12月1日 御本殿清浄の儀、例大祭奉行祈願祭
      12月2日 御神馬奉納の儀、新穀奉献祭、諏訪渡り 宮地、上町、中町、本町 屋台曳き廻し、屋台曳き踊り、屋台芝居公開、花火打ち上げ※屋台芝居担当町会の曳き廻し無し

      12月3日 献幣使参向例大祭々典 御神幸祭、神幸行列進発、御神輿発御、御斎場祭、御神輿還幸 国の重要有形民俗文化財「笠鉾・屋台」曳き廻し、屋台曳き踊り、屋台芝居公開、協議花火と観光スターマイン大会

      12月4日 蚕糸祭
      12月5日 産業発展・交通安全祈願祭
      12月6日 新穀奉献感謝祭 例大祭完遂奉告祭

                          (Wikipediaより)

                          (写真撮影neoya)

       

      posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:38 | comments(0) | - |
      12月
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        今日から12月です。

         

         

        12月(じゅうにがつ)は、グレゴリオ暦で年の第12の月(最後の月)に当たり、31日ある。

        日本では、旧暦12月を「師走」、「師馳」(しわす・しはす)又は「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)と呼んできた。

        今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられる。

        英語での月名、December(ディセンバー)は、「10番目の月」の意味で、ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来している。
        実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで使われていたローマ暦が3月起算で(そのため年末の2月は日数が少ない)、3月から数えて10番目という意味である。

        グレゴリオ暦の12月1日はその年の9月1日と同じ曜日になる(→365日)。

        明治時代に日本が太陰暦から太陽暦に変更した際に、政府が年末の給料を削減するために12月の日数を2日とした(明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日とした)。


        しはすの語源

        「しはす」の語源は、古いことなので分からない。
        「大言海」は、「歳極(トシハツ)ノ略轉カト云フ、或ハ、萬事爲果(シハ)つ月ノ意、又、農事終ハル意カ」と言い、また「十二箇月ノ名ハ、スベテ稻禾生熟ノ次第ヲ逐ヒテ、名ヅケシナリ」(「睦月」の項)と言っている。
        なお、僧侶(師は、僧侶の意)が仏事で走り回る忙しさから、という平安時代からの説(色葉字類抄)があるが、これは語源俗解(言語学的な根拠がない、あてずっぽうの語源のこと)であり、平安時代にはすでに、「しはす」の語源は分からなくなっていたのである(民間語源#日本語の中の民間語源)。

         

        様々な説

        日本国語大辞典は、語源については記述していない。
        末尾に次の9説を列挙するのみである。
        1.経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月であるところから、シハセ(師馳)の義〔奥義抄・名語記・あい(あいは土へんに蓋)嚢鈔〕。
        2.四季の果てる月であるところから、シハツ(四極)月の意〔志不可起・和爾雅・日本釈名〕。
        3.トシハツル(歳極・年果・歳終)の義〔東雅・語意考・類聚名物考・和語私臆鈔・黄昏随筆・古今要覧稿・和訓栞〕。
        4.ナシハツルツキ(成終月)の略転〔紫門和語類集〕。
        5.農事が終わり、調貢の新穀をシネハツル(歛果)月であるところから〔兎園小説外集〕。
        6.稲のない田のさまをいうシヒアスの約。シは発声の助語。ヒアスは干令残の義〔嚶々筆語〕。
        7.シヲヘオサメヅキ(為竟収月)の義〔日本語原学=林甕臣〕。
        8.セハシの義〔万葉代匠記〕。
        9.シバシ(暫)の月の義〔遠碧軒記〕。

         

        異名

        おうとう(黄冬)、おとづき(弟月)、おやこづき(親子月)、かぎりのつき(限月)、くれこづき(暮来月)、けんちゅうげつ(建丑月)、ごくげつ(極月)、しわす(師走)、はるまちつき(春待月)、ばんとう(晩冬)、ひょうげつ(氷月)、ぼさい(暮歳)、ろうげつ(臘月)


        12月の季語

        短日、冬の日、冬の朝、冬の雲、冬霞、顔見世、冬の空、冬の鳥、冬の雁、梟、木兎、冬田、 水鳥、浮寝鳥、鴨、鴛鴦、鳰、初雪、初氷、寒さ、 冷たし、息白し、冬木、冬木立、枯木、枯木立、枯柳、 枯山吹、枯桑、枯萩、枯芙蓉、枯茨、冬枯、霜枯、冬ざれ、枯草、枯蔓、枯蔦、枯葎、枯尾花、枯蘆、枯蓮、 枯芝、枯菊、枯芭蕉、苗代茱萸の花、枇杷の花、臘八会、大根焚、漱石忌、風呂吹、雑炊、葱、根深汁、 冬菜、白菜、干菜、干菜汁、干菜湯、胡蘿蔔、蕪、蕪汁、納豆汁、粕汁、闇汁、のっぺい汁、寄鍋、鍋焼、 おでん、焼藷、湯豆腐、夜鷹蕎麦、蕎麦掻、蕎麦湯、葛湯、熱燗、玉子酒、生姜酒、事始、神楽、里神楽、冬の山、山眠る、冬野、枯野、熊、熊穴に入る、熊突、熊祭、狩、猟人、狩の宿、薬喰、山鯨、狼、狐、 狐罠、狸、狸罠、狸汁、兎、兎狩、鼬罠、笹鳴、鶲、鷦鷯、都鳥、千鳥、冬の海、鯨、捕鯨、鯨汁、河豚、 鮟鱇、鮟鱇鍋、鮪、鱈、鰤、鰤網、 杜父魚、潤目鰯、塩鮭、乾鮭、海鼠、海鼠腸、牡蠣、牡蠣むく、牡蠣船、 牡蠣飯、 味噌搗、根木打、冬の蝶、冬の蜂、冬籠、冬座敷、屏風、障子、炭、消炭、炭団、 炭火、埋火、 炭斗、炭竈、炭焼、炭俵、炭売、焚火、榾、炉、囲炉裏、暖房、温突、ストーヴ、スチーム、炬燵、置炬燵、助炭、火鉢、火桶、手焙、行火、懐炉、温石、温婆、足温め、湯気立、湯ざめ、風邪、咳、嚔、水洟、吸入器、竈猫、綿、蒲団、背蒲団、肩蒲団、腰蒲団、負真綿、衾、毛布、夜著、綿入、紙衣、ちゃんちゃんこ、ねんねこ、厚司、胴著、毛衣、毛皮、皮羽織、重ね著、著ぶくれ、冬服、冬帽、頭巾、綿帽子、頬被、耳袋、マスク、襟巻、ショール、手袋、マッフ、股引、足袋、外套、コート、被布、懐手、日向ぼこり、毛糸編む、飯櫃入、藁仕事、楮蒸す、紙漉、藺植う、薪能、一茶忌、北風、空風、隙間風、鎌鼬、冬凪、霜、霜夜、 霜柱、霜除、敷松葉、雪囲、雪吊、薮巻、雁木、フレーム、冬の雨、霙、霧氷、雨氷、冬の水、水、水涸る、 冬の川、池普請、狐火、火事、火の番、冬の夜、冬の月、冬至、柚湯、近松忌、大師講、蕪村忌、 クリスマス、社会鍋、師走、極月、暦売、古暦、日記買ふ、日記果つ、 ボーナス、年用意、春支度、 春著縫ふ、年木樵、歯朶刈、注連作、年の市、羽子板市、 飾売、門松立つ、注連飾る、煤払、煤籠、煤湯、 畳替、冬休、歳暮、年貢納、札納、 御用納、年忘れ、餅搗、餅、餅筵、餅配、年の暮、節季、 年の内、行年、 大年、大晦日、掛乞、掃納、晦日蕎麦、年の夜、年越、年取、年守る、年籠、除夜、 除夜の鐘

                            (Wikipediaより)

        十二月(師走・しわす)

        師走

         僧がお経をあげるために東西を馳せることから、
        「師が馳せる月」→「しはせつき」→「しわす」となったといわれています。
        「師」は「僧」を指すのが一般的。
        「馳せる」は「走る。急いで行く」という意味です。

        季節:仲冬(ちゅうとう) ※大雪から小寒の前日まで。

         

        12月の行事・暦・祭り(平成30年・2018年)
        1日(土)映画の日

        2日(日)秩父夜祭(3日)

        3日(月)カレンダーの日

        4日(火)人権週間(10日)

        5日(水)納めの水天宮

        6日(木)シンフォニー記念日
        7日(金)大雪

        8日(土)針供養(主に関西)

        13日(木)正月事始め 煤払い(すすはらい)

        14日(金)赤穂義士祭

        15日(土)春日若宮おん祭(18日)

        17日(月)羽子板市(19日)

        18日(火)納めの観音

        21日(金)納めの大師
        22日(土)冬至

        23日(日・祝)天皇誕生日

        24日(月)振替休日

        25日(火)クリスマス 終い天神

        28日(金)納めの不動

        31日(月)大晦日 大祓い

         

        12月の他の別名 


         茶月(さげつ) 弟月(おとづき)
         健丑月(けんちゅうげつ)
         極月(ごくげつ) 厳月(げんげつ)
         限月(かぎりのつき)
         窮月(きゅうげつ) 臘月(ろうげつ)
         茶月(さげつ) 親子月(おやこづき)
         春待月(はるまちづき)
         暮古月(くれこづき)


        12月の暮らし
         

        お歳暮の手配 年賀状の準備
        カレンダー・手帳の用意 大掃除
        正月の準備

        柚子湯 かぼちゃ 鍋料理 ボーナス
        餅つき 年越しそば 除夜の鐘

         


        12月の自然

        小春日和 山眠る


        12月の花
         

        シクラメン 水仙(スイセン)
        千両(センリョウ) 椿(ツバキ)
        ゼラニューム ポインセチア
        プリムラ カトレア
        山茶花(サザンカ)


        旬の食材

        野菜
        かぶ 白菜 カリフラワー ごぼう
        ねぎ ほうれん草 小松菜
        れんこん 大根

        魚介
        キンキ 牡蠣 ふぐ 鱈(たら)

        果物
        柚子


        12月の行事食 
        冬至 22日 かぼちゃ 小豆粥
        大晦日 31日 年越しそば


        時候の挨拶 
        初冬の候 師走の候 寒冷の候 霜寒の候 歳晩の候 短日の候
        季冬の候 激寒の候 年末のみぎり 歳末多忙のおりから
        寒気いよいよつのり 荒涼たる冬となり 年の瀬もおしせまり
        心せわし年の暮れを迎え 年もせまり何かと繁忙のこと 年内余日なく
        今年もおしせまって参りましたが

                           (日本の行事・暦より)

         

        posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:45 | comments(0) | - |
        日本橋玉ゐ本店 穴子の箱飯 その2 
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          11月22日

           

          12時38分 お店の中に入りました。

          意外と早く入れました。

           

          日本ばし 玉ゐ本店

          あなご酒

          あなご鍋

          からくり焼

          まごころ

          肝串焼

           

           

          まずは生BEERですね。

           

           

          あ巻が出てきました。

          これがまたいいんですね。

           

           

          12時49分 穴子の箱飯が出てきました。

           

           

          煮穴子と焼き穴子

           

           

          柚子と山椒をかけていただきます。

           

           

          薬味は後ほどかけます。

           

           

          半分食べました。ここで

           

           

          お椀にご飯と穴子を移して

           

           

          薬味をかけます。

           

           

          ワサビをのせて穴子の出汁をかけます。

          これがまた格別なんですね。

           

           

          美味しかったです。

           

           

          今度はいつ来られますかね。

          また食べたいものです。

           

           

          新館の高島屋を見ながら東京駅に向かいました。

           

          posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:25 | comments(0) | - |
          日本橋玉ゐ本店 穴子の箱飯
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            11月22日

             

            日展を見終えたので穴子飯を食べるために、東京メトロ千代田線の乃木坂駅から一つ乗って

             

             

            表参道駅で銀座線に乗り換え、日本橋に向かいます。

             

             

            久しぶりに銀座線に乗ると、車輌が綺麗になっていることに気付きました。

             

             

            日本橋で降りると、そこは高島屋でした。

             

             

            外に出ると通りが新しくなっていました。

             

             

            工事が終わった綺麗な建物が目の前に現れました。

             

             

            12時18分 穴子のお店はやはり列が出来ていました。

            今日は何分待てばいいのかな。

             

             

            玉ゐ 

             

            箱めし  あなご  専門店

             

             

            江戸の味

                 あなご専門店

             

              日本橋

                   玉ゐ

             

             

            12時31分 列がいくらか前に進みました。

             

             

              → 

             

            お店の右側にお並びください

                   日本橋玉ゐ 本店

             

            営 業 時 間

            平日

            ランチタイム   11:00〜14:30(LO 14:00)

            ディナータイム  17:00〜21:30(LO 21:00)

             

            土・日・祝日

            ランチタイム   11:30〜15:30(LO 15:00) 

            ディナータイム  16:30〜21:00(LO 20:30)

                           日本橋玉ゐ本店

             

             

            日本橋玉ゐ本店のおすすめ

            箱めし(香の物、お椀付き)  中箱2,950円

              天然物の 

              あなごを使った、

              「日本橋玉ゐ本店」

              一押しの箱めし、

              あなご本来の味を

              充分にご堪能ください。

                  小箱  1,750円

                  大箱  3,950円

                  もございます。

             

            posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:45 | comments(0) | - |
            小春日和
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              11月27日

               

              14時00分の気温は17.3℃です。

              午前中は曇っていたのですが、午後から晴れて暖かくなってきました。

              小春日和ですね。

              木枯らし1号は吹くのでしょうか。

              ちなみにこの日のさいたま市の最高気温は17.7℃、最低気温は8.3℃でした。

               

               

              大根の葉も追肥をしたので

               

               

              大きくなってきています。

               

              posted by: 1513neoya | とはずがたり | 00:24 | comments(0) | - |
              日展 その2
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                11月22日

                 

                この作品は外国の山のようです。

                日本にはない光景ですね。

                 

                 

                だいぶ高い山ですけどエベレストですかね。

                違うかもしれません。

                 

                 

                絶壁

                 

                 

                どこの屋根にも煙突が描かれています。

                さてどこの国でしょうか。

                 

                 

                絶壁の見える里

                 

                成田 禎介

                 

                 

                鼓を打つ若い女性

                 

                 

                特選

                 

                睦月

                 

                宇野 孝之


                 

                この作品はヨーロッパのような気がしますが、どこの国でしょうか。

                 

                 

                屋根瓦一枚一枚丁寧に描かれています。

                 

                 

                古城の村

                 

                佐藤 祐治

                 

                 

                牛を力強く引っ張っている人

                 

                 

                動じない牛にはどことなく諦めのような眼差しが感じられますね。

                 

                 

                必死で綱を曳く人間の真剣さが伝わってきます。

                寄り添っている牛は大人しく見守っています。

                 

                 

                牛を引っぱる

                (チベット)

                 

                李 暁剛 

                 

                 

                美人画ですか。

                 

                 

                繍衣立像

                 

                中山 忠彦

                 

                 

                孔雀

                 

                首と尾羽の色合いが何とも言えないですね。

                 

                 

                群遊

                 

                神保 孝夫

                 

                 

                白い気品のある猫ですね。

                 

                 

                花と猫

                 

                山本 容梓子

                 

                 

                再び「ツツジ咲く湘南国際村」と

                 

                 

                 

                画像回転ツール 編集画像

                 

                 

                 

                「シャルトル驟雨」を再度見て外に出ました。

                 

                 

                作品に手を触れないで下さい。

                万年筆、ボールペンの使用を禁じます。

                「日展の日」の写真撮影は固くお断りします。

                フラッシュは、禁止です。

                 

                 

                日展 洋画

                 

                 

                窓の外には六本木のビル群が連なっています。

                 

                posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:27 | comments(0) | - |
                ヒヤシンス
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                  11月22日

                   

                  15時14分 日展を見て帰って来る頃には、雲が切れて青空が見えてきました。

                   

                   

                  水栽培のヒヤシンスを暗い所から出してきました。

                  2週間目です。

                   

                   

                  白い根がポットいっぱいになってきました。

                   

                   

                  こちらの球根もだいぶ根が伸びてきました。

                   

                   

                  この球根も少なかったのですが増えてきました。

                   

                   

                  少し芽が顔を出しています。

                   

                   

                  この球根の芽は膨らんできています。

                   

                   

                  わずかですが、芽が顔をのぞかせています。

                   

                   

                  明日は良いお天気になることでしょう。

                  明日は新嘗祭です。

                  今生天皇にとっては最後の新嘗祭ですね。

                   

                   

                  posted by: 1513neoya | 植物 | 03:22 | comments(0) | - |
                  三の酉
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                    今日11月25日は三の酉です。

                     

                     

                    三の酉
                    「酉の日」は、毎日に十干十二支を当てて定める日付け法で、「酉」に当たる日のこと。
                    これは、12日おきに巡ってくる。
                    ひと月は30日なので、日の巡り合わせにより、11月の酉の日は2回の年と3回の年がある。
                    初酉を「一の酉」、次を「二の酉」、三番目を「三の酉」と言う。
                    「三の酉」まである年は火事が多いとの俗説がある。
                    そのため、三の酉がある年には平年にもまして、歳末にかけて、社会一般で火の用心が心がけられ、熊手商の多くは縁起熊手に「火の用心」のシールを貼って売りだす。
                    なお、三の酉は、およそ一年おきにあるため、さほど珍しいわけではない。

                    また、浅草の鷲神社・酉の寺 長國寺では、吉原が近かった為、酉の市にかこつけて旦那衆が家を空け吉原に遊びに行くのを防ぐために、家の女房が三の酉は火事が多いと言ったとの説もある。

                                         (Wikipediaより)

                     

                    マスコット:キュータ

                     

                    三の酉の年は火災が多い?

                     

                    丙午(ひのえうま)や三の酉(とり)の年は火事が多いといわれていますが、その理由や根拠はどこにあるのでしょうか。
                    まず、丙午ですが、これは古代中国に生まれた自然哲学で、天地間万物の源は、木、火、土、金、水の様々な組み合わせで生ずると説く五行説や、幹枝(干支、わが国ではエトと音読している)の思想が大きな影響を与えているのです。
                    十干(じっかん)(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)を甲と子、乙と丑のように順に組み合わせると60組できますが、丙午はその43番目に当たり、丙と午が共に五行の火に当たることから火災が多いとされているものです。

                    また、丙午山の雌馬は雄馬をかみ殺すという中国の俗信が、江戸時代の初期に日本に伝えられ、天和2(1682)年の八百屋お七の火事で、お七が丙午の生まれであったこともあって、女性の結婚に関する丙午迷信が根強くなったようです。
                    お七が誕生した寛文6(1666)年には、海の向こうのロンドンで、13,000余戸を焼き五日間燃え続けたロンドン大火がありましたが、これも丙午に関係するのでしょうか? 

                    次の丙午は享保11(1726)年、天明6(1786)年、弘化3(1846)年、明治39(1906)年、昭和41(1966)年となりますが、火災が特に多いという事実を裏付けられる年ではなかったようです。

                    むしろ反対に、昭和41年は全国では、前年の火災件数が戦後最高の記録を残したのに対して、6,100件も大幅に減少しています。

                     

                    酉の市  

                     

                    次は、三の酉です。

                    11月の酉の日を順に一の酉、二の酉、三の酉と呼んでいますが、酉の日は12日ごとにまわってきますから、11月の1日から6日の間に一の酉のある年には、必ず三の酉もあることになります。

                    この三の酉があるときに、どうして火事が多くなるといわれるのか、その確証は残念ながらないようです。

                    ただこれには、ひたむきな女性の心情が関係しているようです。
                    酉の市のはじまりは、平安時代にまでさかのぼります。
                    新羅三郎義光が奥州討伐のとき、武州葛西花又村(現東京都足立区花畑町)にある正覚寺に祀られる大鷲明神の本尊(1寸8分の大鳥に乗る妙見菩薩)を、お守りとして借り受け、戦勝帰還しました。

                    その後、本尊をねんごろに返納して、新たに別堂を建て大鷲明神として祀りました。

                    これが武門の守りとして武士の参詣するところとなり、やがては開運の神として信仰されるようになりました。
                    同じ本尊を持つ下谷の長国寺や千住の勝専寺も共ににぎわって、酉の日には市がたつようになりました。

                    明治元(1868)年には神仏判然令が布告され、それぞれの寺で大鷲明神は分離することになりましたが、下谷長国寺から独立した大鷲神社は、吉原遊廓のすぐそばであったことから大いににぎわい、11月の酉の大祭には吉原の縁起にちなんだオカメの熊手が売られるようになり、吉原の大門も四方を開けて手軽に入れるようになりました。
                    このころから、“火事が多い”説が出たのではないかと思われます。

                    というのは、お酉さまの参詣の帰りに、男性が吉原に寄ることが多く、留守をあずかる女性としては、何とかして亭主などを家に引きもどさなければなりません。

                    まして、3回もお酉さまがあったのではたまったものではありませんから、三の酉のあるときは「火事が多い」とか「吉原遊廓に異変が起こる」という俗信を作って、男性の足を引き止めようとしたのだろうと考えられます。
                     

                    このことは、
                    「お多福に熊手の客がひっかかり」
                    「そのあした熊手のオカメしがみつき」
                    という川柳によってもうかがわれます。

                     

                    実際に、三の酉のときに火事が増えたという記録もありませんし、丙午の年についても同じです。
                    余談になりますが、吉原の大火が発生したのは明治44(1911)年の4月9日でした。

                    美華登楼から出た火は南の烈風にあおられ、吉原遊廓全体はもとより、山谷から南千住にかけて延焼し、10時間余にわたって燃え続け、6,550戸を焼失しました。

                    もちろん、この年は丙午でも三の酉でもありませんでした。

                     

                    明治時代の消防活動風景(福島星湖画)
                    明治時代の消防活動風景(福島星湖画)

                                        (東京消防庁 消防雑学事典より)

                     

                    posted by: 1513neoya | とはずがたり | 02:22 | comments(0) | - |
                    日展に行ってきました。
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                      11月22日

                       

                      以前お世話になりました方から日展の招待状をいただきましたので出かけます。

                       

                       

                      天気予報では雨が降るとのことですが、小雨とのことなので傘を持ちませんでした。

                       

                       

                      8時19分の気温は10.5℃です。

                      ちなみにこの日のさいたま市の最高気温は14.0℃、最低気温は7.2℃で寒かったです。

                      東京北の丸公園の最高気温は13.5℃、最低気温は7.9℃でした。

                       

                       

                      西日暮里駅で京浜東北線から降りて

                       

                       

                      東京メトロ千代田線に乗り換えました。

                       

                       

                      乃木坂駅で降りました。

                       

                       

                      国立新美術館

                       

                       

                      エスカレーターで行きますか。

                       

                       

                      券売所は長蛇の列です。

                      これまで日展でこんなに並んでいるのは見たことがありません。

                      歩いていくうちに分かりました。

                      長蛇の列は「東山魁夷展」でした。

                       

                       

                      日展の会場です。

                      入り口で招待状を見せると入場券を渡されました。

                       

                       

                      入ってすぐの部屋の作品を見て分かりました。

                       

                       

                      ツツジの花と白い町並みが眼に飛び込んできました。

                      いつもの緑色と紫色に橙色を見て懐かしさがこみ上げてきました。

                      もう何十年も見てきました。

                       

                       

                      ツツジ咲く

                      湘南国際村

                       

                      三塩清巳

                       

                       

                      白い建物の作品も昔から変わりません。

                       

                       

                      シャルトル驟雨

                       

                      楢崎重視

                       

                      posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:55 | comments(0) | - |