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初詣 武蔵一宮氷川神社 その4 拝殿から参道へ
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    1月1日

     

    大きな楠が聳えています。

    手を押し当ててパワーをいただきます。

     

     

    拝殿には人垣ができています。

    今年はすんなり一番前に出られました。

    手を合わせて家族の安全と健康をお願いしました。

    フランスにいる孫たちが安全であることもお祈りしました。

     

     

    朝陽が上がってきています。

     

     

    破魔矢の大をいただきました。

     

     

    神札授与所で家内安全の御札をいただきました。

     

     

    境内から外に出て古い御札をお返ししました。

     

     

    御籤をひくと

     

     

    「末吉」で氷川の大神を信心すべしとあります。

     

     

    御籤の向かい側に社があります。

     

    松 尾 神 社

       

        祭神  大 山 咋 命

     

    松尾神社(まつおじんじゃ/まつのおじんじゃ)は、「松尾」を社名とする神社。

    全国にあり、京都府京都市西京区の松尾大社を総本社とする。
    多くは松尾大社から勧請して創建され、大社と同じ大山咋神を祭神に祀る。

    松尾大社の荘園であった丹波国・摂津国・越中国・甲斐国・遠江国・伯耆国・豊前国などに建立されたり、酒造の守り神として全国へ勧請された。

    明治以降、松尾大社は「官幣大社 松尾神社」と呼ばれていたが、終戦後は官幣大社の称号を用いなくなったことから、他の松尾神社との混同を避けるため「松尾大社」に改称した。

                        (Wikipediaより)

     

     

    参道に出るとお店は準備している最中です。

     

     

    初めて見るお店です。

    光るLEDバルーン 1500円

     

     

    お持ち帰りOK

    いちご大福

    色々な餡があります。

    ミルク、豆、粒あん、こしあん

     

     

    鯉のおじさんは開店準備中です。

     

     

    平成24年の時の写真です。

     

     

    美味しそうなのでいいだこ入りのたこ焼きを買い求めます。

    家に帰ってから食べましたが美味しかったです。

     

     

    カラフルなだるまさんです。

    是れを見たら達磨大師さんも驚くでしょうね。

     

     

    境内に戻りますと神橋には列が出来始めていました。

     

     

    東北線の踏切に来ると列車が通過中です。

    今は宇都宮線といいますが、どうもしっくりときませんね。

    手前の線路は、東武野田線です。

    今は東武アーバンパークラインというそうです。

    何でも横文字で片仮名にすればいいってもんではないでしょうけれど。

     

     

    家に帰ると太陽がだいぶ上がっています。

     

     

    8時58分 気温はプラス2.6℃に上がっています。

    久しぶりに歩きました。

    歩数計を見ますと9100歩でした。

    1万5千歩は越えていたように思えたのですが・・・

     

    posted by: 1513neoya | とはずがたり | 02:10 | comments(0) | - |
    小寒
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      今日1月5日は小寒です。

       

       

      小寒(しょうかん)は、二十四節気の第23。
      十二月節(旧暦11月後半から12月前半)。

      現在広まっている定気法では太陽黄経が285度のときで1月5日ごろ。
      暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。
      恒気法では冬至から1/24年(約15.22日)後で1月6日ごろである。

      期間としての意味もあり、1月6日〜1月19日まで、すなわちこの日から次の節気の大寒前日までである。


      季節

      暦の上で寒さが最も厳しくなる時期の前半。
      『暦便覧』では「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と説明している。

      この日から節分(立春の前日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、この日を「寒の入り」とも言う。
      暦の上では冬の寒さが一番厳しい時期となる。
      この日から寒中見舞いを出し始める。

       

      七十二候

       小寒の期間の七十二候は以下の通り。
        初候
         芹乃栄(せり すなわち さかう) : 芹がよく生育する(日本)
         雁北郷(かり きたにむかう) : 雁が北に渡り始める(中国)
        次候
         水泉動(すいせん うごく) : 地中で凍った泉が動き始める(日本)
         鵲始巣(かささぎ はじめて すくう) : 鵲が巣を作り始める(中国)
        末候
         雉始雊(きじ はじめて なく) : 雄の雉が鳴き始める(日本)雊は{句隹}
         野鶏始雊(やけい はじめて なく) : 雄の雉が鳴き始める(中国)
                          (Wikipediaより)

       

       
       
      小寒


      1月5日頃(平成30年は1月5日)。
      および大寒までの期間。
      太陽黄経285度
      冬至 から数えて15日目頃、冬至 と大寒の中間。
      寒さが加わる頃という意味で、いわゆる「寒の入り」のこと。

      小寒から節分までの30日間を「寒の内」といい、寒風と降雪の時節で、寒さが厳しくなる頃。
      これから冬本番を迎えます。
      寒稽古や寒中水泳が行われるのは、この「寒」の時季です。
      ※立春が「寒の明け」になります。

      この日から、寒中見舞いを出し始めます。
       

      寒四郎
      小寒から4日目。
      この日の天候がその年の麦作の収穫に影響があるとされ、麦の厄日とされています。


      寒九
      小寒から9日目。
      この日に降る雨は「寒九の雨」と呼ばれ、豊穣の兆しという言い伝えがあります。
       
      過ごし方  
      ・この日から「寒中見舞い」を出します。
      ・そろそろ、お正月の重箱や漆器などの片付けをしましょう。
      ・7日の人日にいただく、七草がゆの準備もお忘れなく。
                          (日本の行事・暦より)
       

      posted by: 1513neoya | とはずがたり | 02:52 | comments(0) | - |
      初詣 武蔵一宮氷川神社 その3 舞殿の絵馬
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        1月1日

         

        神橋を渡ります。

        まだ入場制限はされていません。

        遅いと混んできて制限されてしまいます。

         

         

        楼門

         

         

        手水舎の前は長蛇の列です。

        これは初めての光景です。

        後ろに並んで順番を待ちます。

         

         

        手を洗い口を濯いで楼門から境内に入ります。

         

         

        舞殿には絵馬が掲げられています。

         

         

        平成戊戌

        (つちのえ いぬ)

         

        posted by: 1513neoya | とはずがたり | 03:26 | comments(0) | - |
        初詣 武蔵一宮氷川神社 その2 稲荷神社
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          1月1日

           

          神橋を見ますと大勢の人が渡っているようです。

           

           

          宗像神社の次に稲荷神社をお詣りします。

           

           

          このような沢山の鳥居を見ますと京都伏見稲荷の千本鳥居を思い出します。

           

           

          ここでも並んで順番を待ちます。

          どうして二列で進まないのでしょうかね。

          駅やデパートのエスカレーターみたいです。

          まあ仕方ありませんので順番が来るまでおとなしく待ちましょう。

           

           

          稲荷神社

           

           

          稲荷神社

           

          平成25年1月23日に京都伏見稲荷大社をお詣りしました。

           

          稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、日本における神の一つ。
          稲荷大明神(いなりだいみょうじん)、お稲荷様、お稲荷さんともいう。
          本来は穀物・農業の神だが、現在は商工業の神としても信仰されている。

          稲荷神を祀る神社を稲荷神社(いなりじんじゃ)と呼び、京都市伏見区深草にある伏見稲荷大社が日本各所にある神道上の稲荷神社の総本宮となっている。
          五穀をつかさどる神、ウカノミタマと同一視されることから、多くの稲荷神社ではウカノミタマを主祭神としている。
          神仏習合思想において仏教の女神である荼枳尼天とも習合したため、仏教寺院で祀られることもある。

           

          概要

          稲荷神は、和銅4年(711年)に山城国稲荷山(伊奈利山)、すなわち現在の伏見稲荷大社に鎮座したと伝えられている。
          元々は京都一帯の豪族・秦氏の氏神で、現存する旧社家は大西家である。
          神道系の稲荷神社では朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルとして広く知られる。
          廃仏毀釈が起こる前の仏教系寺院でも鳥居が建てられ、現存する寺院もある。
          元来は五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神としても信仰されるようになった。
          「イナリ」は「稲荷」と表記するのが基本だが、「稲生」や「稲成」、「伊奈利」とする神社も存在する。

           

          神社における祭神

          神道の稲荷神社では『古事記』・『日本書紀』などの日本神話に記載される宇迦之御魂神(うかのみたま、倉稲魂命とも書く)、豊宇気毘売命(とようけびめ)、保食神(うけもち)、大宣都比売神(おおげつひめ)、若宇迦売神(わかうかのめ)、御饌津神(みけつ)など、穀物・食物の神を主な祭神とする。
          これは、稲荷神が稲の神であることから食物神の宇迦之御魂神と同一視され、後に他の食物神も習合したためである。

           

          総本宮である伏見稲荷大社では、主祭神である宇迦之御魂大神を中央の下社、佐田彦大神を中社、大宮能売大神を上社に据え、明応8年(1499年)に本殿に合祀された左右の摂社、田中大神・四大神とともに五柱の神を一宇相殿(一つの社殿に合祀する形)に祀り、これら五柱の祭神は稲荷大神の広大な神徳の神名化としている。
           

          稲荷社によっては祭祀する祭神が異なっており、以下に例を挙げる。
          生玉稲荷神社(名古屋市守山区) - 倉稲魂神、大巳貴命、保食神、大宮能姫神、太田神
          笠間稲荷神社(茨城県笠間市)- 宇迦之御魂神
          豊受稲荷神社(千葉県柏市) - 主祭神に稲蒼魂命、配神に大己貴命、大田命、大宮姫命、保食命
          祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市) - 倉稲魂大神、大宮売大神、猿田彦大神
          竹駒神社(宮城県)- 倉稲魂神、保食神、稚産霊神

          また豊受稲荷神社では、大己貴命を佐田彦大神、大宮姫命を田中大神、保食命を四大神に、祐徳稲荷神社では大宮売大神をアメノウズメノミコトに当てている。
          稲荷系の神社では、玉藻の前(九尾の狐・殺生石)が祭られていることもある。

           

          仏教寺院における信仰対象

          稲荷神は神仏習合思想においては仏教における荼枳尼天と同一視され、豊川稲荷を代表とする仏教寺院でも祀られる。
          豊川稲荷(愛知県豊川市)- 豊川吒枳尼眞天
          最上稲荷妙教寺(岡山市北区)- 最上位経王大菩薩、八大龍王尊、三面大黒尊天

           

          稲荷社の広がり

          日本の神社の内で稲荷神社は、2970社(主祭神として)、32000社(境内社・合祀など全ての分祀社)を数え、屋敷神として個人や企業などに祀られているものや、山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼる。

          稲荷神社は日本全国に点在するが、その中でも東日本に多く信仰されている。
          これは江戸時代、稲荷信仰が江戸を中心として流行したためで、江戸の町の至る所で見かけられるものとして「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」とまで言われるようになった。
          例えば、武蔵府中においては、明治時代初期に市内に6ヶ所で稲荷神社が祀られており、市内の家々の屋敷神は566件にも上るなど、多摩地域においては顕著である。


          稲荷神と狐

           

           

          狐は稲荷神の神使であって稲荷神そのものではないが、民間においては稲荷と狐はしばしば同一視されており、例えば『百家説林』に「稲荷といふも狐なり 狐といふも稲荷なり」という女童の歌が記されている。
          また、稲荷神が貴狐天皇(ダキニ天)、ミケツ(三狐・御食津)、野狐、狐、飯綱と呼ばれる場合もある。

          日本では弥生時代以来、蛇への信仰が根強く、稲荷山も古くは蛇神信仰の中心地であったが、平安時代になってから狐を神使とする信仰が広まった。
          稲荷神と習合した宇迦之御魂神の別名に御饌津神(みけつのかみ)があるが、狐の古名は「けつ」で、そこから「みけつのかみ」に「三狐神」と当て字したのが発端と考えられ、やがて狐は稲荷神の使い、あるいは眷属に収まった。
          なお、「三狐神」は「サグジ」とも読む。時代が下ると、稲荷狐には朝廷に出入りすることができる「命婦」の格が授けられたことから、これが命婦神(みょうぶがみ)と呼ばれて上下社に祀られるようにもなった。

          上記されているように稲荷神は元々は農業神であるが、狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いに位置付けられたとも言われる。

          江戸時代に入って稲荷が商売の神と公認され、大衆の人気を集めるようになると、稲荷狐は稲荷神という誤解が一般に広がった。
          またこの頃から稲荷神社の数が急激に増え、流行神(はやりがみ)と呼ばれる時もあった。
          また仏教の荼枳尼天は、日本では狐に乗ると考えられ、稲荷神と習合されるようになった。
          今日稲荷神社に祀られている狐の多くは白狐(びゃっこ)である。

          稲荷神社の前には、狛犬の代わりに、宝玉をくわえた狐の像が置かれることが多い。
          他の祭神とは違い、稲荷神には神酒・赤飯の他に稲荷寿司およびそれに使用される油揚げが供えられ、ここから油揚げを使った料理を「稲荷」とも呼ぶようになった。
          ただし狐は肉食であり、実際には油揚げが好物なわけではない。


          歴史

          伏見稲荷創建前史

          伏見稲荷大社を創建したと伝えられる秦氏族について、『日本書紀』では次のように書かれている。
          欽明天皇が即位(539年または531年)する前のまだ幼少のある日「秦(はた)の大津父(おおつち)という者を登用すれば、大人になった時にかならずや、天下をうまく治めることができる」と言う夢を見て、早速方々へ使者を遣わして探し求めたところ、山背国紀伊郡深草里に秦の大津父がいた。
          平安時代に編纂された『新撰姓氏録』記載の諸蕃(渡来および帰化系氏族)のうち約3分の1の多数を占める「秦氏」の項によれば、中国・秦の始皇帝13世孫、孝武王の子孫にあたる功徳王が仲哀天皇の御代に、また融通王が応神天皇の御代に、127県の秦氏を引率して朝鮮半島の百済から帰化したという記録があるが、加羅(伽耶)または新羅から来たのではないかとも考えられている(新羅は古く辰韓=秦韓と呼ばれ秦の遺民が住み着いたとの伝承がある)。

          雄略天皇の頃には、当時の国の内外の事情から、多数の渡来人があったことは事実で、とりわけ秦氏族は絹織物の技に秀でており、後の律令国家建設のために大いに役立った。
          朝廷によって厚遇されていたことがうかがわれるのも、以上の技能を高く買われてのことだと考えられている。
          彼らは畿内の豪族として専門職の地位を与えられていた。

          伏見稲荷創建以降

          深草の秦氏族は、和銅4年(711年)稲荷山三ケ峰の平らな処に稲荷神を奉鎮し、山城盆地を中心にして伊奈利社(現・伏見稲荷大社)を建てた。
          深草の秦氏族は系譜の上で見る限り、太秦の秦氏族、すなわち松尾大社を祀った秦都理《はたのとり》の弟が、稲荷社を創建した秦伊呂巨(具)となっており、いわば分家と考えられていたようである。

          『山城国風土記』逸文には、伊奈利社の縁起として次のような話を載せる。
          秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐの はたの きみ)は、富裕に驕って餅を的にした。
          するとその餅が白い鳥に化して山頂へ飛び去った。
          そこに稲が生ったので(伊弥奈利生ひき)、それが社の名となった。
          伊呂具の子孫は、先祖の過去の過ちを悔いて、社の木を根ごと抜いて屋敷に植え、それを祀ったという。
          また、稲生り(いねなり)が転じて「イナリ」となり「稲荷」の字が宛てられた。

          都が平安京に遷されると、この地を基盤としていた秦氏が政治的な力を持ち、それにより稲荷神が広く信仰されるようになった。
          さらに、東寺建造の際に秦氏が稲荷山から木材を提供したことで、稲荷神は東寺の守護神とみなされるようになった。
          『二十二社本縁』では空海が稲荷神と直接交渉して守護神になってもらったと書かれている。
          神としての位階(神階)も、天長4年(827年)に淳和天皇より「従五位下」を授かったのを皮切りに上昇していき、天慶5年(942年)には最高の「正一位」となった。

          東寺では、真言密教における荼枳尼天(だきにてん、インドの女神ダーキニー)に稲荷神を習合させ、真言宗が全国に布教されるとともに、荼枳尼天の概念も含んだ状態の稲荷信仰が全国に広まることとなった。
          荼枳尼天は人の心臓を食らう夜叉神で、平安時代後期頃からその本体が狐の霊であるとされるようになった。
          この荼枳尼天との習合や、中国における妖術を使う狐のイメージの影響により、稲荷神の使いの狐の祟り神としての側面が強くなったといわれる。

          稲の神であることから食物神の宇迦之御魂神と同一視され、後に他の食物神も習合した。
          中世以降、工業・商業が盛んになってくると、稲荷神は農業神から工業神・商業神・屋敷神など福徳開運の万能の神とみなされるようになり、勧請の方法が容易な申請方式となったため、農村だけでなく町家や武家にも盛んに勧請されるようになった。
          江戸時代には芝居の神としても敬われるようになり、芝居小屋の楽屋裏には必ず稲荷明神の祭壇が設けられるようになった。

          明治政府による神仏分離の際、多くの稲荷社は宇迦之御魂神などの神話に登場する神を祀る神社になったが、一部は荼枳尼天を本尊とする寺になった。

          稲荷寿司は「お稲荷さん」とも呼ばれており、稲荷神社の稲荷神(稲生り、つまりお米の出来を司る神様)から、俵を模した俵型の寿司が稲荷寿司となった。
          三角形の稲荷寿司が狐の耳を模しているという説もあるが、狐は肉食であって油揚げを好むわけではなく、稲荷神社の狐と関連させた後付けともされる(上記の「稲荷神と狐」を参照)。

           

          信仰

          稲荷信仰は様々である。
          神道的稲荷で祭祀者が神職で宇迦之御魂神・保食神などを祀る神社によるもの、仏教的稲荷で祭祀者が僧侶・修験者で、寺の鎮守堂で荼枳尼天を祭祀しているもの、民俗的稲荷で祭祀者が土地所有者や氏子・講員などで、狐神・山の神・水神・福神・御霊神などとして信仰されているものがある。

           

          初午祭

          稲荷神社では、2月(新暦・旧暦)最初の午の日を初午とし「初午祭」が行われる。
          これは伏見稲荷神社の祭神が降りたのが和銅4年(711年)2月の初午だったからと言われる。
          行灯に地口とそれに合わせた絵を描いた「地口行灯」を街頭に飾ることもある。

           

          日本三大稲荷

          伏見稲荷大社は、「日本三大稲荷神社」について伏見稲荷以外の二社については様々な説があって特定できないとしている。
          笠間稲荷神社や祐徳稲荷神社を日本三大稲荷とする説があり、最上稲荷(最上稲荷山妙教寺)や豊川稲荷(円福山豊川閣妙厳寺)を日本三大稲荷とする説もあるが、この二社は正確には神社ではなく寺院である。

                              (Wikipediaより)

           

                   千本鳥居

           

          伏見稲荷大社にある鳥居はすべて奉納されたものです。

          願い事が「通る」または「通った」というお礼の意味で鳥居を奉納する習慣が江戸時代に広がりました。

          江戸時代では、鳥居は願い事が成就してから奉納していたそうです。

          最初は小さな鳥居を奉納し、願い事が叶う(通る)たびに鳥居を大きくして奉納しました。

          鳥居は、神様の世界と人間の世界の結界の意味があり、朱色は魔除けの色とされ、多くの神社仏閣で用いられています。

          鳥居の歴史や由来には諸説あり、はっきりしたことは分かっていません。

          外国(インドや中国、イスラエルなど)から伝わったという説、ユダヤ教と関連があるという説、古事記の天岩戸説などがあります。

                              (日本文化研究ブログより)

           

           

           

          posted by: 1513neoya | とはずがたり | 02:37 | comments(0) | - |
          初詣 武蔵一宮氷川神社 その1 宗像神社
          0

            1月1日

             

            今年の元旦も良いお天気に恵まれました。

            雲一つない青空です。

            これからお氷川様に初詣に行きます。

             

             

            寒いなと思いましたら寒暖計を見ますと氷点下を示しています。

            6時47分 氷点下2.4℃です。

            ちなみにこの日のさいたま市の最高気温は13.1℃、

            最低気温は氷点下3.1℃です。

             

             

            蝋梅の花が開いています。

            元旦に咲いているのは初めてのような気がします。

             

             

            近くの家の前には水仙が咲いています。

             

             

            山茶花が可憐な花を咲かせています。

             

             

            7時11分 警察署に来ますと庁舎が解体工事のようです。

             

             

            7時18分 税務署の辺りに来ますと初日の出が拝めました。

             

             

            氷川神社の最初は宗像神社にお詣りします。

             

             

            扁額「宗像神社」

             

             

            並んで順番を待ってからお詣りしました。

            いつもは空いているのに今年は混んでいます。

             

            宗像大社(むなかたたいしゃ)は、福岡県宗像市にある神社。
            式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社で現在は別表神社。
            日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社である。
            また、あらゆる道の神としての最高神、貴(むち)の称号を伊勢神宮(おおひるめのむち)、出雲大社(おおなむち)に並び持ち、道主貴(みちぬしのむち)と称す。
            神宝として古代祭祀の国宝を多数有し、裏伊勢とも称される。

            2017年(平成29年)、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つとして、世界遺産に登録された。

             
            概要

            宗像大社は、沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮(総社)の三社の総称であるが、現在では「辺津宮」のみを指す場合も多い。
            筑前大島には沖津宮遥拝所(瀛津宮)もある。
            地図上で辺津宮から11km離れた中津宮、さらに49km離れた沖津宮を線で結ぶと、その直線は145km離れた朝鮮半島釜山の方向に向かう。
            古代から大陸と半島の政治、経済、文化の海上路であった。
            古くから海上・交通安全の神としての神威にちなみ、信仰されているが、現在では海上に限らず、道主貴の名のもとにあらゆる道、陸上・交通安全の神として信仰を集めている。
            そのため、福岡県やその周辺では宗像大社のステッカーを貼った自動車が多数見受けられるほか、新車を購入した際に祈願殿にて御祓いを受ける人も非常に多い。
            また、車に装着する交通安全のお守りは宗像大社が発祥である。

            沖津宮のある海上交通の要所に位置する沖ノ島は、古来より島に立ち入り見聞きした事を口外してはならず「お不言さま(おいわずさま)」と呼ばれ、島全体が御神体である。
            そのため現在でも女人禁制であり、男性であっても上陸前には禊を行なわなければならない。
            これが男女差別だと言われることもあるが、これは島の神が女の神様(田心姫神)であり、女性が島に上陸すると嫉妬され祟りがあると言われている説があるが定かではない。
            昭和29年以来十数年に渡り沖ノ島の発掘調査が行われ、4世紀から9世紀までの古代祭祀遺構や装飾品などの大量の祭祀遺物(奉献品)、この他に縄文時代から弥生時代にかけての石器や土器などの遺物が発見された。
            このことから、沖ノ島は俗に「海の正倉院」と呼ばれており、有史以前の古代から海人族らの信仰の対象とされていたことが偲ばれる。
            現在は、台風などの緊急避難港に指定されている。
            なお、大社の神勅の額は、伏見宮貞愛親王が揮毫している。

            エジプト考古学者の吉村作治氏が提唱し、沖ノ島及び宗像地域の祭祀遺跡などを世界遺産にする運動が起こり、2009年に「沖津宮・中津宮・辺津宮」及び「沖津宮遥拝所と沖ノ島全体」を含めて、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として暫定リストに追加掲載、2015年には推薦候補となり、2017年7月、ポーランドクラクフでのユネスコ世界遺産委員会で、正式に世界遺産に登録された。


            祭神

            三社にそれぞれ以下の神を祀り、宗像三女神(宗像大神)と総称する。
            沖津宮(おきつぐう) : 田心姫神
            中津宮(なかつぐう) : 湍津姫神
            辺津宮(へつぐう) : 市杵島姫神

             

            posted by: 1513neoya | とはずがたり | 02:44 | comments(0) | - |
            1月・元日・元旦
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              今日は、1月1日で元旦です。

               

                   武蔵一宮氷川神社 舞殿 絵馬          

               

              1月

              1月(いちがつ)はグレゴリオ暦で年の第1の月に当たり、31日ある。

               

              日本では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦1月の別名としても用いる。
               

              睦月という名前の由来には諸説ある。
              最も有力なのは、親族一同集って宴をする「睦び月(むつびつき)」の意であるとするものである。
              他に「元つ月(もとつつき)」「萌月(もゆつき)」「生月(うむつき)」などの説がある。

               

              英語のJanuaryは、ローマ神話の出入り口とドアの神ヤヌスにちなむ。
              年の入り口にあたることから、ヤヌスの月となった。


              異名

              いわいづき・いはひづき(祝月)、かげつ(嘉月)、かすみそめづき(霞染月)、たんげつ(端月)、しょげつ(初月)、しょうがつ(正月)、けんいんづき(建寅月)、げんげつ(元月)、たいげつ(泰月)、たろうづき(太郎月)、さみどりづき(早緑月)、としはつき(年端月、年初月)、はつはる(初春)、むつき(睦月)


              1月の季語

              1月は物事を初めた時の言葉がたくさんある。

              新年、元旦、元朝、初鶏、初鴉、初雀、初明かり、初日、初空、初富士、初凪、若水、初手水、 御降(おさがり:元旦に降る雨)、乗初、白朮詣(おけらまいり)、初詣、破魔弓、歳徳神、恵方詣、七福神詣、 延寿祭、年賀、御慶、礼者、礼受、名刺受、礼帳、年玉、賀状、初便、初暦、初刷、初竈、大服、 屠蘇(とそ)、年酒、雑煮、太箸、歯固(鏡餅を供え、食い祝う事)、食積、ごまめ、数の子、切山椒、門松、 飾、注連飾(しめかざり)、飾臼、新月、鏡餅、蓬莢、初化粧、初諷経(声を出し経文を読誦する事)、歯朶(しだ)、 楪(ゆづりは)、野老、穂俵、福寿草、福藁(ふくわら)、春著、手毬、独楽、追羽子、羽子板、羽子、福引、 歌留多、双六、絵双六、十六むさし、投扇興、万歳、猿廻し、獅子舞、傀儡師、笑初、泣初、 嫁が君(新年のねずみの事)、二日、掃初、書初、読初、仕事始、山始、鍬始、織初、縫初、初商、売初、 買初、初荷、飾馬、初湯、梳き初、 結い初、初髪、初鏡、稽古始、謡初、弾初、舞初、初句会、初芝居、 宝船、初夢、三日、松囃子、福沸、三ヶ日、御用始、帳綴、女礼者、騎初、弓始、出初、寒の入、 小寒、 寒の内、寒の水、寒造、寒餅、寒紅、寒詣、寒垢離(水を浴びて祈願する事)、 寒念仏、寒施行、寒灸、 寒稽古、寒復習、寒弾、寒声、寒見舞、寒卵、寒鯉、寒鮒、 寒釣、七種、若菜、薺(なずな)、薺打つ、 七種粥、粥柱、寝正月、三寒四温、悴かむ、 胼、鷽替(1月7日筑前の太宰府天満宮で行われる神事)、小松引、 初寅、初卯、初薬師、初金比羅、十日戎、宝恵駕(1月10日大阪今宮戎神社の祭礼)、初場所、餅花、土竜打、綱曳、松の内、松納、飾納、注連貰、左義長(新年の飾りを取り除いて燃やす事)、鳥総松、松過、小豆粥、 成人の日、薮入、凍る、冴ゆる、皸、霜焼、霰、風花、雪起し、雪、雪見、雪掻、雪卸、雪踏、雪まろげ、 雪合戦、雪礫、雪達磨、竹馬、スキー、雪車、雪沓、かんじき、しまき、凍死、雪眼、雪女郎、雪折、雪晴、 氷、氷柱、氷柱、採氷、砕氷船、氷下魚、スケート、避寒、寒月、寒の雨、薮柑子、青木の実、寒牡丹、 葉牡丹、寒菊、水仙、冬薔薇(ふゆさうび)、冬の草、竜の玉 、寒竹の子、冬苺、麦の芽、寒肥、初大師、 大寒、厳寒、初天神、日脚伸びる、早梅、臘梅(らふばい)、寒梅、探梅、冬桜、寒椿、侘助、寒木瓜、室咲、 春待つ、春隣、節分、柊挿す、追儺(ついな:なやらひ、鬼やらひという)、豆撒、厄落、厄払、厄塚、 懸想文
                                  (Wikipediaより)

               


              一月(睦月・むつき)

               
              睦月

               

              親族が互いに往来し、仲睦まじく宴をする月であるからといわれています。
              また、稲の実を初めて水に浸す月を指す「実月(むつき)」から転じたという説もあります。

              季節:晩冬(ばんとう) ※小寒から立春の前日まで。

               

              1月の行事・暦・祭り(平成30年・2018年)

               

              1日 (月・祝)  元日
              2日 (火)  初夢 書き初め
              4日 (木)  御用始め
              5日 (金)  小寒 初水天宮
              7日 (日)  人日の節句(七草)
              8日 (月・祝)  成人の日 初薬師
              10日 (水)  十日戎
              11日 (木)  鏡開き
              13日 (土)  寒九
              15日 (月)  小正月 どんど焼き 三寺まいり
              16日 (火)  薮入り  閻魔詣
              17日 (水)  冬土用入り
              18日 (木)  初観音
              20日 (土)  大寒 二十日正月
              21日 (日)  初大師
              22日 (月)  冬土用の間日
              23日 (火)  冬土用の間日
              24日 (水)  初地蔵
              25日 (木)  冬土用の間日 初天神
              27日 (土)  若草山焼き
              28日 (日)  初不動

               


              1月の他の別名
               

               祝月(いわいづき)
               始和(しわ)
               正月(しょうがつ)
               早緑月(さみどりづき)
               年端月(としはづき)
               太郎月(たろうづき)
               王春(おうしゅん)
               建寅月(けんいんげつ)
               初春月(はつはるづき)


              1月の暮らし
               

              初詣 年始回り 書初め 新年会
              年賀状の整理
              正月のお飾りの片づけ
              初生け 初釜
              寒中見舞い(立春の前日まで。それ以降は余寒見舞い)


              初日の出 若水 鏡餅 おせち料理 雑煮
              お年玉 かるた 餅花 七草がゆ 寒の水
              寒九の水

               


              1月の自然

              冬将軍 短日 雨雪 雨氷
              御降り 富正月 富下り 寒九の雨
              寒の雨 北しぶき 山茶花ちらし
              凍雨 氷雨 霜 霜柱 霧氷 樹氷
              冬枯れ 冬日 真冬日 寒波 豪雪
              雪間


              1月の花
               

              梅(ウメ) シクラメン
              水仙(スイセン)
              福寿草(フクジュソウ)
              千両(センリョウ)
              シンビジューム
              山茶花(サザンカ)
              南天(ナンテン) 葉ぼたん


              旬の食材
               

              野菜
              かぶ 白菜 水菜(みずな)
              れんこん 春菊 大根 人参
              ねぎ ほうれん草 カリフラワー
              ごぼう 小松菜 ブロッコリー

               

              魚介
              鮟鱇(あんこう) 鱈(たら) ヒラメ
              フグ 鰤(ぶり) 海老 蟹 牡蠣
              シジミ キンキ 蛤 鰯(いわし)

               

              果物
              金柑 みかん
                                  (日本の行事・暦より)

               

               

               

               

              元日

               

              元日(がんじつ)は年の最初の日。
              日付はグレゴリオ暦では1月1日(改暦前は旧暦正月一日)。
              元旦(がんたん)ともいうが、この場合は特にその日の朝を指すこともある。

               


              暦法と元日

               

              元日は年初の日である。
              しかし、年は繰り返すもので、どの季節を年初にしても記年法上問題はなく、太陽暦では1月1日そのものに天文学的な意味はない。

               

              紀元前45年のユリウス暦では冬至付近を1月1日としたが、その理由には諸説ある。
              325年のニケア宗教会議では春分の日が3月21日とされ、1582年のグレゴリオ暦で1年を365.25日としたことから、3月21日の確定(ニケア宗教会議での決定事項の優先)とともに1月1日も必然的に定まることになった。

              なお、1月1日以外を年初とする暦法も存在する。
               

              太陽暦に基づきながらも、元日が1月1日ではない暦法もあった。
              例として、フランス革命暦では、葡萄月(ヴァンデミエール)1日が元日とされた。
              その日はグレゴリオ暦では9月22日から9月24日の間と、グレゴリオ暦1月1日とは大きなずれが生じていた(実際、フランス革命暦最終日となった1805年12月31日はフランス革命暦14年雪月(ニヴォーズ)10日であり、これは葡萄月を1月、果実月(フリュクティドール)を12月と数えると、4月10日となる)。

               


              各国の元日

               

              1月1日を祝日として公休日としている国は多い。

               


              日本

               

              日本では明治から大正・昭和前期まで皇室行事である四方拝にちなみ、四方節(しほうせつ)と呼ばれて祝祭日の中の四大節(紀元節、四方節、天長節、明治節)の一つとされてきた。

              1948年(昭和23年)公布・施行の国民の祝日に関する法律(昭和23年7月20日法律第178号)第2条により、四方節に代わって「年のはじめを祝う」ことを趣旨とする国民の祝日となった。

              日本各地では、元日の1月1日から1月3日まで(三が日)、または「松の内」までを特に「お正月(おしょうがつ)」と呼んでこれを尊重し、毎年この時期独特の行事や慣習が執り行われる。

               

               

              フィリピン

               

              フィリピンでは大晦日から元日にかけて爆竹や空砲によって新年を祝う風習がある。

               


              元日と元旦

               

              「元日」と「元旦」はしばしば混用されるが、「旦」は「朝・夜明け」の意であるから、本来「元旦」は「元日の朝」を指す。
              ただし、『日本国語大辞典』等では「元旦」は「元日」と「元日の朝」の両方の意味を持つとされている。

               

              「元旦」は中国語から日本語へと輸入された語彙であるが、宋代の中国語文献においても

              正月朔日,謂之元旦,俗呼為新年。

              (正月の一日は、元旦といい、俗に新年とも呼ぶ)

              といった「元日」の意での用例が見られる。

               

              また日本語においては坂口安吾の『新春・日本の空を飛ぶ』において

              元旦正午、DC四型四発機は滑走路を走りだした。

              のような用例が見られる。
                                  (Wikipediaより)

               

              posted by: 1513neoya | とはずがたり | 14:24 | comments(0) | - |
              はじめまして
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                新年明けましておめでとうございます。

                 

                本日blogをようやく開設できるようになりました。

                17blogと同様よろしくお願い致します。

                 

                カウンターの数値は、17blogに引き続いていますのでご了承ください。

                 

                このblogのアドレスは下記の通りです。

                 

                http://17blog1513.jugem.jp

                posted by: 1513neoya | はじめまして | 05:00 | comments(0) | - |